第257話 犬。


 …


 コントローラーを床に置く音が部屋に鳴り響いた。


『あ゛ー、疲れた……』


 結局、コップに入った麦茶を飲むこともほとんどしないでゲームに熱中してしまった。時間は18時50分。


『うぉ、やばっ!』


 急いでゲームを片付け、ボサボサの髪を整える。間もなくして、インターホンが鳴った。ドアを開けると、大荷物のアスカが立っていた。


【こんばんは、ヒカルくん】

『こんばんは……って、またすごい荷物だな。ほら、俺に渡しな』


 いくつかの荷物をアスカから預かり、部屋の中へと入る。


【お邪魔します。あら、小綺麗こぎれいになってるわね】

『”小”はつけなくてもいいぞ』

【失敬。そんなことより、今日の目的はわかるわね?】

『あぁ、この荷物を見たらな』

【ふっふっふ……。じゃあ、どんどん並べていって】

『はーい』


 テーブルいっぱいに箱を並べていく。箱から漏れるいい匂いが鼻をくすぐる。


ふた開けていくぞ』

【えぇ、お願いするわ】


 蓋を開けるたびに、封印されていた香りが部屋に広がっていく。今日はほとんど飲まず食わずだったので、匂いに刺激された腹がグーグーと鳴いている。


『す、すまん……。今日はほとんど食べてないんだ……』

【ふふっ、いいのよ】


 すべての料理がテーブルに並んだ。匂いに刺激され、よだれが溢れ出る。


【まるで「待て」って言われた犬のようね】

『正直、めちゃくちゃお腹空いてるんだ……』

【それじゃ、食べ始めましょうか】

『よっしゃ!』


 それぞれ自分の茶碗と箸を用意して、背筋を伸ばす。両手のてのひらを合わせ、2人で言う。


【『いただきます!』】


 本日初めてのまともな食事が始まった。

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