第169話 あの時の感覚と無言の男。

 アスカとは会話を交わさないまま家に着いた。軽く挨拶だけすると、それぞれの部屋へと帰った。レイヤー0に戻り、ベッドで横になる。


『あの時のあの感覚。なんだったんだろう……』


 巨大な敵を目の前に、すべての感覚が研ぎ澄まされたかのような状態。”死”を感じた俺の本能が、生きるために全ての力を解放したのだろうか。もし、あの感覚を再現できるようにできたら、俺は誰にも負けないだろう。

 時間は午前2時を過ぎていた。尋常ではない睡魔の原因がわかった。俺はそのまま眠りに落ちた。


 8月173日……


 昼頃に目が覚めた。オトハちゃんの治療のおかげか、あれだけ動いたのに対して体の痛みはほとんどない。日付を確認し、昨日の勝利を実感する。そして、あいつが最後の敵ではなかったのだと悟った。ジュウザブロウさんの様子を確認するためにレイヤー2へと向かった。


 ベースに着き、扉を開ける。そこにはイツキさんがいた。


【おぉ、ヒカルくん。おはよう】

『お疲れ様です。ジュウザブロウさんは……?』


 そこには、昨日まであったジュウザブロウさんの姿がなかった。イツキさんは黙ったままだった。


『……なぜ、何も言わないんです?』


 イツキさんの目は、真っ直ぐに俺を見つめていた。

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