第76話 画家。

 シャルを握りしめている俺を見て、男はこう言った。


【……ほぅ、なんや。やる気満々やな】


 男は不敵に笑う。その言葉に俺はたじろいだ。その姿を見て、男は笑った。


【兄ちゃん、おもろいなぁ。俺は不知火シラヌイリオン。画家をしてるんや。よろしゅうな】


 男は手を差し出してきた。グレンの一件から警戒していたが、この人は大丈夫そうだ。


『あっ、ごめんなさい。四季島シキシマヒカルです。あの、これは別に戦おうとかそういうのじゃなくてですね……』


 焦る俺を見て、また笑った。


【大丈夫や。兄ちゃんの今の姿を見たら、戦う気が無いってのはすぐわかる。安心しーや】


 リオンさんは、固くなった俺の右手を無理やり引っ張り出し握手をした。


【こんな風景、レイヤー0では見られへんやろ。ここはおもろいで】


 笑いながら俺に景色を見せてくれた。


『本当だ……』


 眼下がんかには、向日葵ヶ丘ひまわりがおかの町並みが広がっている。こんな景色を見るのは初めてだった。


【俺は正直戦いなんてどうでもええんや。絵が描ける場所があれば、それでええ。ここは、絵描きにとっては楽しい世界や】


 そう言うと、リオンさんが描いていた絵を見せてくれた。カラフルに彩られた町並みが、美しく描かれている。


【どうや? ええやろ?】

『はい! めちゃくちゃキレイですね!』


 自慢げに聞くリオンさんにそう答えると、リオンさんは嬉しそうに笑った。


【はっはっは。うんうん、君はわかる子やねぇ】


 肩をバンバンと叩く。


【でもな、やっぱり人がおらんと物悲しい絵になってまうねん。ここで描く絵は命を感じひんのが残念やな……】


 これだけ上手に描けても、自分では納得できる出来ではないんだな。俺は心の中で尊敬と羨望せんぼうの眼差しを送っていた。


『そういえば、リオンさんは関西の出身なんですか?』

【せやで、ようわかったな? 俺もこっちに染まってきたと思ってんけど、やっぱりバレるか】


 リオンさんは真面目な顔で言った。俺は苦笑いで応えた。


【ヒカルはどないしたん? なんかトレーニングしにきたんけ?】


 リオンさんはシャルを見てそう言った。


『そうです。経験が少ない分、練習はしておこうって思って……』

【キミはほんまえらいなぁ! 邪魔して悪かったな。俺はまだここで描いとるし、気にせんとトレーニング行ってきーや】

『はい、それじゃいってきますね』

【今度、俺の絵のモデル頼むで】


 そう言って、リオンさんは俺を送り出した。

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