第266話 咆哮と銃声。

 赤い飛沫しぶきが舞った。俺は動けずにいた。


 ”死”を覚悟してここにいるはずなのに。


 今までだって”死”を近くに感じたことがあったのに。


 目の前の出来事に頭が追いついていなかった。それは俺だけじゃなく、他のみんなも同じようだった。


〈悲しいねぇ……〉


 デゼスプワールの言葉がこの世界に響いた。ラヴは左腕を振り下ろし、イツキさんを捨てるように投げ飛ばした。左腕から血をしたたらせながら、先程まで戦っていた2人の元へとゆっくりと歩き出した。


【うぉぉぉおおおおぁぁぁ!!】


 ジンが咆哮ほうこうした。悲しみと怒りと悔しさが入り混じったジンの声を聞いて、俺は我に返った。グレンはイツキさんの元へと走った。ラヴは動かない。あるじであるデゼスプワールに危害を加えようとしていない者に対しては無関心のようだった。グレンはデゼスプワールをにらむと、イツキさんを抱えて戻ってきた。ジンはラヴに斬撃を繰り返すが、状況は変わらずだった。


【そ、そんな……!?】


 リオンさんの治療が終わったカイユウが戻ってきた。


【カイユウ……イツキを頼む……】


 グレンが静かに言った。


【くっそぉぉぉ!】

【ハルヒ!】


 ハルヒが走り出した。それを追いかけるようにエンジも走って行った。


『待て! 2人とも!』

【オイラもやれることをやります!】

【ハルヒ落ち着け!】


 ハルヒは銃を手に持ち、2人はラヴへと近づいた。エンジも同じように銃を手にした。


『くそっ!』


 ラヴはジンを吹き飛ばし、新たに近づいてきた2人に注意を向けた。


【こっちを見なさい!】


 ラヴはアスカの射撃を無視し、エンジとハルヒの方へと体を向けた。


【このぉぉぉ!】


 ハルヒの銃から放たれた弾丸はラヴの右肩に当たった。しかし、やはり効果は無かった。


【……くっ!!】


 エンジは歯を食いしばり、銃のグリップを強く握った。続けてエンジも攻撃を放つ。エンジの放った弾丸は、ラヴの左腕に当たり弾けた。ラヴはよろめき、自身の左腕を気にしていた。この戦いで、初めてラヴがダメージを負った瞬間だった。

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