生きるために足掻こう 1/3
【システィーナ、お目覚めですか?】
「うわ、アルの声が頭の中から聞こえる!」
【はい、これがインプラントチップを通しての通信になります。これでシスティーナは当艦の乗務員となりましたので、敬称は省かせていただきます】
「うん、敬称は要らないけど、インプラントチップって通信までできちゃうんだ。すごいね」
【ありがとうございます。他にも視覚へのレイヤーディスプレイ、聴覚の補助、一時的な痛覚遮断などが可能です】
システィーナの視覚に重なるように、艦の3D外観図が映し出された。
そして不時着時の映像と、予想した自艦の現状を映し出した。
「おおう、クレーター出来ちゃってる。これ、不時着っていうより墜落じゃん。しかも艦首から半分以上が崖の根元に突き刺さっちゃてるし。よく全損しなかったね」
【かなりの電力を使い各種バリアを展開しましたので、なんとか大破することは避けられました。ですが機関部に重大な損傷を受けているのは確実なため、電力が発生できません。不時着当初は船尾のソーラーパネル一基が展開出来ましたので少量の電力を得られましたが、不時着時の衝撃で崖の上部に亀裂が入ったようで、水が流れ落ちてくるようになってしまいました。現在では水底で水流も強いため、ソーラーパネルは収納しております】
「うわ、電力の発生手段が全く無いのに私を助けてくれたんだ。なんだか申し訳なくなってくるなぁ…」
【引け目を感じていただく事ではございません。人命救助は私にとって第一優先事項ですし、システィーナを救命することで電力確保の可能性もございましたから。いわば持ちつ持たれつの関係です】
「そう言ってもらえると、気が楽になるね。よし、じゃあ恩返しにロックした扉開けに行こう」
【はい、よろしくお願いします。では電力節約のために、照明を落として視覚にホログラムをレイヤーします】
アルは室内の照明を消し、艦内を3Dホログラム化してレイヤー表示する。
「うわ! 暗視ゴーグル無しで暗闇でも歩けちゃう。なんて超科学…」
【通信機能付きですので、言葉に出さずとも会話可能です。しゃべるように、でも声だけ出さずにしてください】
【えっと…。こう?】
【はい、結構です】
【じゃあ、まずは資材庫のロックを解除してみようか】
【はい、順路を表示します】
システィーナの3Dホログラム化された視界に、緑の矢印が追加された。
【方向音痴さん御用達機能!】
【恐縮です】
矢印に従い資材庫前に来たシスティーナは、アルの指示に従い扉横のコンソールから緊急ロックを解除した。
【システィーナ、ここは重要区画なため扉が重厚です。申し訳ないのですが、緊急ロック後は扉の開閉も手動でしか行えません。手動での開閉をお願いします】
扉の左、コンソールと反対側の壁に付いた大きなハンドルがハイライトされ、回す方向が示された。
【おおう、大金庫並みの厳重さ】
【はい。未開惑星上で艦が故障した場合は自力修理が必須。食料調達と艦の制御も乗務員の生命維持に必須ですので、資材庫、食料庫、AIルームはブリッジ同様最重要区画に指定されています】
【ぐぬぬぬぬぬぬぅぅぅ……これ、固くて回らない】
【無理ですか。システィーナの体格と筋力ならぎりぎり回る計算結果でしたが、艦の基幹フレームに歪みが出ていますので、扉のレールも歪んでいる可能性がありますね】
【ここが開かないとどうしようもなくなるよね?】
【はい。食料庫が開けばシスティーナの生命維持は可能ですが、艦の修理ができませんので、艦外活動の安全性が確保不能です。そうするとシスティーナ個人の力のみで滝つぼを脱出して岸まで泳ぎ着き、自力で魔の森を抜けきらねばなりません】
【……それはとんでもなく分の悪い賭けね。仕方ない、ちょっと無茶してみるか】
【何をするつもりですか? 私には乗務員であるシスティーナを守る義務がありますので、現時点での艦外活動は推奨できません】
【そうじゃなくて、身体強化魔法を使うのよ】
【魔法ですか? それは空想の産物では?】
【前世ではファンタジーだったけど、この世界には実在するのよ。私の名付け親になってくれた修道女さんから、いろんなこと教わったんだ。ただ身体強化魔法は、子どもの内は身体を壊すから使っちゃいけないことになってるの。でも万一身体壊しても、アルなら回復してくれるよね?】
【今の電力残量ですと、大きな損傷は修復できない可能性があります】
【でもこのままじゃ一か月後に飢え死に確定なんでしょう? ならやるしかないよ】
【私には魔法というものが理解できませんので、システィーナの身体への負荷が算出不能です。危険度はどの程度なのですか?】
【ひどくても骨折とじん帯や筋肉の損傷らしいよ】
【分かりました。その程度でしたら残存電力で修復可能ですので、身体強化魔法の使用に同意します。しかし、身体に異常を感じたら、即座に使用を中止してください】
【うん、そうする】
システィーナは覚悟を決め、ゆっくりとした呼吸を始めた。
(インプラントチップに未解析微粒子の流入を確認。未解析微粒子の流量増大中。神経伝達系に同様の現象を確認。伝達信号に高周波の疎密波重畳を検知。疎密波のパターン安定化。一連のシークエンスを身体強化魔法発動シークエンスと仮定して記録)
アルがインプラントチップ経由でシスティーナの体調をモニタリングしている間に、システィーナはハンドルを回し始めた。
最初は動かなかったハンドルだが、やがて徐々に回り始めた。
ズ、ズゴ、ズゴゴ、ズゴゴ、ズゴゴ
システィーナがハンドルを回すたび、石扉を開けるような重い音と共に、徐々にスライドして行く資材庫の扉。
やがて60cmほどスライドしたところで、システィーナが根を上げた。
「ぷは~、もう無理。魔力切れた」
システィーナは床にへたり込んだ。
【それだけ開けば間に合わせで作った小型ロボットを中に進入させられます。身体は大丈夫ですか?】
【うん、多少手が痛い程度。でも思ったより魔力切れが早かった】
【痛みが続くようでしたら医療室に行ってくださいね。それで、魔力切れとはどのような状態なのでしょうか?】
【えっとねえ、体内魔力は空気中や食べ物飲み物に含まれる魔力を摂取することで徐々に補充されて行くはずなんだけど、今は普段の半分くらいしか無かった気がする。無くなるとすっごく身体が重くて、頭も痛くなるの】
【システィーナは大けがをしてかなりの血液を失っていました。傷の修復にはピコマシンを使い、失った血液の代わりに代用血液を輸血しました。そして目覚めるまでは養分点滴で栄養を補充。これらは全て当艦の備品ですので、この惑星の物は一切使用しておりません。推測ではありますが、血液と共に流れ出た魔力なる物が補充されていないということでしょうか?】
【息してるだけでも徐々に補充されるはずなんだけどなぁ…】
【艦内の空気も二酸化炭素収集フィルターと生成酸素を補充しての、完全内部循環型です。今はシスティーナの行動範囲だけをたまに浄化する程度しか使えませんが、隔壁によって外部と隔離された空間ですので、こちらも外気は一切含まれておりません】
【あ~、原因はそれかも。さっきから休んでても全然症状回復しないもん。気を抜くと意識失いそう】
【それは緊急事態ですね。外気の取入れは修理が進まないと無理ですが、とりあえず滝の水を取水して毒物だけを取り除いてみます】
【うん、それは後でお願い。今は滝の水そのままでいいから飲ませて。万一毒があっても、後で治療すればいいから】
【移動は無理ですか?】
【かなり無理っぽい】
【了解です。自走ストレッチャーを向かわせてますので、それに乗って下さい】
【余分な電力使わせてごめんね】
【いいえ。資材庫のドアが開いたので、後で元は取れます。ストレッチャーが来ました。何とか乗って下さい】
【がんばる】
アルはストレッチャーの高さを最低にし、システィーナは床を転がるようにしてストレッチャーに寝転んだ。
アルは救助時とは逆の手順でシスティーナをエアロックに運び、少しだけ外部ハッチを開いた。
【システィーナ、水を少し進入させていますが、飲めそうですか?】
【水が壁を伝ってるだけだから届かないよ。もう少し開けてくれる?】
【衣服が濡れてしまいますが、大丈夫ですか?】
【正直、水に浸かりたい気分。まるで喉がカラカラに渇いた時に、他人が水を飲んでるのを眺めさせられてるみたい。これって身体が無意識に魔力を含んだ水を求めちゃってるのかも】
【了解しました。もう少しハッチを開きます】
開放度が上がったハッチの隙間から、勢いよく水が入って来た。
一部の水は吹き出すようにエアロック内に侵入し、システィーナに掛かった。
【くう~、身体にしみ渡る~。やっと飲めるようになったよ】
【そろそろハッチを閉めましょうか?】
【もう少し待って。本気で水に浸かりたいの】
【了解です。では、身体が半分浸かるところでハッチを閉めます】
【うん。お風呂じゃないけどすごく気持ちいいよ~】
【確かに先ほどまでは脳波が飢餓状態を表していましたが、今は徐々に収まりつつありますね。流入した水を詳細分析しましたが、ごく微量の微生物とミネラル類、未知の微粒子が確認されました。微生物は飲んでも問題ない量ですし毒も検出されませんでした。由一分析不能な微粒子が、魔力なのかもしれません。今後のためにこの微粒子用のセンサーを開発いたします」
【うん、お願い。ちょっと眠くなってきちゃった。このまま寝ちゃってもいい?】
【はい、十分ほどしたら排水して、室温を上げておきます。では、お休みなさいシスティーナ】
システィーナが会話の途中で眠ってしまったことをインプラントチップ経由で確認したアルは、魔力センサーの開発を重要項目に追加した。
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