宿屋であって、お城じゃない

食後、宙を舞って勝手に片付いて行く食器類をしり目に、中庭の端に並べてあった船に乗せられた移住者一行。

ティナに言われて一隻三十人は乗れる屋形船のような船に分乗したものの、地上にある船に乗ってどうなるのかと怪訝な様子。


だが次の瞬間、船は空中へと浮き上がった。

驚愕する一行をよそに、ゆっくりとスピードを上げながら空中を進む船たち。

驚いて固まる搭乗者に、ティナは解説を始めた。


「え~、まずはみなさん、この船はただの船なので飛びません。飛ばしているのは妖精たちです。今からホーエンツォレルン領内を案内しますので、船べりの柵から身を乗り出さない程度に下を見てください。最初は領の全景を見ていただくために高度を上げますが、高いところは怖い方もいらっしゃるはずなので、全景を見た後は低く飛びます」


ティナの言葉に、子どもたちは興味津々で柵にへばり付いて下を見ている。

大人たちも下を見ているものの、柵を握り締めている者が多い。


一行を乗せた船たちは、大きな螺旋状の航路で上昇していく。

やがて周囲を囲う山脈より高い位置に来ると、カルデラ外の深い森が見えてきた。

これでこの領が深い森に囲まれ、カルデラの山脈で周囲から隔絶されているのが一目瞭然だ。


また螺旋状に高度を下げた四隻は、鶏舎や放牧エリア、麦畑、甜菜畑、ブドウ畑、野菜畑、水田、綿花畑、果樹エリア、狩用の森などを低空で巡り、湖に着水した。

湖には豊富に魚影が映り、大型の魚が時折水面を跳ねている。

船は湖面をゆっくりと進み、白を基調としたハルシュタットの街並みに近付いて行った。


船着き場で船を降り、町中に入った一行は目を見張った。

三階建て四階建てのドイツ屋根を持った民家や、大きなステンドグラスと鐘楼を持つ真っ白な教会、おうとつの無いきれいな石畳、素晴らしい彫刻で飾られた噴水、そのすべてがまっさらな新築なのだ。


アルフレートから『妖精が作った町への移住』と聞いてはいた。

だが、誰が王都の貴族街より整備された優美な新築の町などと思うのか。

しかも窓から家の中を覗くと、王侯貴族の部屋かと見紛う花崗岩の内壁に、見事な装飾の家具類。

どの家に住みたいかと聞かれた移住者たちは、震え上がってブンブンと顔を横に振った。


「え? この町、気に入らない?」

「ち、違いますティナ様! まるで王侯貴族が住む町のようで、気後れしておるのです!」

「…ごめんなさい。この町全体がこんな感じなの」

「……町全部がこのような作り?」

「うん。後はお城くらいしか、住む場所無いの」

「………一番小さな家でお願いします」

「そこの三階建て。部屋数十六」

「……」

「あ、いっそのこと、しばらく宿に住む?」

「宿があるのですか?」

「部屋数多いけど、ひとり用から家族用まで種類があって、大きな食堂や厨房、お風呂もあるの」

「……一軒家に住むよりは、良いかもしれません」

「じゃあ案内するよ」

「…お願いします」


ティナに先導された一行は、湖に面した五階建ての建物に来た。

中に入ると、一階がレストランと娯楽室、会議室、厨房。

二階から四階が大小様々な部屋になっていて、五階は大浴場と大広間になっていた。


「……どこのお城ですか」

「違うから! ここは宿屋! 狭い部屋いっぱい有ったでしょ!?」

「バンハイム王都の一人部屋は、あれの半分以下ですよ?」

「そうなの? 狭すぎじゃない?」

「…まあ、ここの一軒家に住むよりは、幾分気が楽ですが」

「王都の住宅事情って、結構きついの?」

「小さな一部屋に四人住まいとか、普通にありますよ」

「まじで? 辺境だと土地が広いから、一人住まいでも二部屋とか普通にあるよ」

「そうなのですか!? 住む地域によって、それほどに差があるのですね。知りませんでした」

「隣も同じような宿だから、二棟使えばみんな住めるかな?」

「いえ、こちらだけで十分ですよ。みな王都住まいでしたから、個人の部屋など無いのが当たり前です。個室などでは、却って落ち着きませんよ」

「へぇ、そうなんだ。一人メイドを通いで付けるから、不自由があったら言ってね」

「ありがとうございます。それで、その…一年間衣食住を保証してくださるというのは、本当でしょうか?」

「大人の人はね。一年以内に仕事を見つけて働いて貰えばいいから。子どもの面倒見てくれる人とかは領から賃金出すし、やりたい仕事が見つかれば、その職に就いて貰えばいい。仕事の仕方は、聞いてくれたらこちらで指導するから。子どもたちは成人するまでは衣食住を保証するよ」

「…待遇が良すぎませんか?」

「そうかもしれないけど、これが我が領の方針だから。ここに慣れるまでは、ゆっくりと試行錯誤していきましょう」

「そうですね。申し訳ありませんが、色々とご相談させていただきます」

「うん、任せて」


こうして、ハルシュタットの町に初の住人が移住した。

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