クール君

【ティナ、移動用の小型機が出来たので、一度アオラキに足を運んでください】

「は? 移動用小型機?」

【はい。アオラキだけでなくホーエンツォレルンと孤島が拠点として追加されたので、ローバーでの移動では航続距離や移動時間に問題が出ていました。ダーナは大きすぎますしインビジブル機能もありませんので、移動の足には不向きでした。ハルシュタットにも移住者が来ましたので、移動にダーナは使えません。なので新しくインビジブル機能を装備した惑星内無音移動用の小型艇を製造しました】

「あれ? そんな機体、艦載機には無かったよね? 設計とかどうしたの?」

【旧艦のパーソナル端末内に、設計データが残されていました】

「それって個人の持ち物ってことじゃないの?」

【そうですが、すでに持ち主は故人で、所有権も相続権も喪失していますよ。それにパーソナル端末とはいえ艦の備品ですから、業務外のデータ保存は、服務規程違反です】

「ああ、趣味のデータを仕事用の端末に保存しちゃってたのか。まあ、ありがたく利用させていただこうか。じゃあ移動するから詳細教えて」

【了解です。データがあったのは、100m級の惑星内移動機で、カタログスペックでは最高速度がマッハ0.9、無音小型重力子推進器を搭載していました。このデータの元持ち主は機関部技術員で、どうやら自分でこの機体を作ろうとしていたようです。推進器の設計図から制御ユニットの電子部品回路図、必要部品リストまで記録されていました】

「それって個人で作っていい物なの?」

【母星法規、艦隊法規共に違反していますね。まあ、おかげで小型機が作れたわけですが】

「過去の故人の罪はほじくらないでおこう。でも、インビジブル機能は?」

【機体から設計しなおし、インビジブルや加速度キャンセラーを追加しました】

「それって推進器だけを流用した、全く別の機体ってことじゃん」

【そうですよ。元の設計図通りでは個人運用には適さないサイズでしたので、推進器以外は新規の設計です】

「100mじゃ大きすぎて、お出かけのたびに駐機場所探すのも面倒だよね。で、機体はどんなの?」

【ティナの記憶にあったクルーザーをベースにして、着陸脚やデルタ翼を付けました。外観はこれです】

「おおう、かっこいいな。中は?」

【このようになっています。操縦席付きのリビングとミニキッチン、トイレ、シャワー室と寝室があります】

「うわ、まるっきり高級クルーザーだ。いいねこれ!」

【お気に召したようでなによりです。ただ元が100m級の推進器なのでコンパクト化に限界があり、全長は20mです】

「五分の一にコンパクト化出来れば充分でしょ。スピードと航続距離は?」

【実測出来ていませんが、計算値ではスピードがマッハ5、航続距離は5,000kmです】

「早っ!」

【ですが残念ながら、ソニックムーブや飛行機雲が出ないようにするには、音速以下の航行になると思います】

「あ~、そっちがあったか。じゃあ時速1,000kmで航行すると、孤島まで三時間か。あ、動力源は?」

【大型ドローンのバッテリーを四機積んでいます。充電には、大型発電機が必要です】

「そっかぁ。じゃあほとんど拠点かダーナじゃないと充電出来ないね」

【一応緊急時のソーラーパネルは装備してありますが、満充電には晴天でも三か月以上かかりますね】

「なるほど。早いからってあちこち飛び回ったら、不時着してしばらくは動けないのか。もっと充電基地作るべきかな?」

【そうですね。しばらくは拠点間移動と近場の移動だけにして、充電基地を整備していきましょう】

「そだね。思い付いたんだけどさ、大岩に偽装したソーラーバッテリー。あれに水が通る穴開けて川に置いて、太陽光と水力で蓄電するのはどう?」

【ほう、面白いですね。日中は太陽光と水力で、雨や夜間でも水力発電可能ですか】

「あと、地下水脈発電とかもありじゃない?」

【ミニ探査ドローンで地下水脈も探してみましょう。大陸各所でドローンが充電可能になれば、情報収集も捗りますね】

「それと、これは無理かもしれないけど、低軌道上の宇宙ステーションとか」

【宇宙ステーションは設計図がありませんので、試行錯誤が必要です。それはそれで、なかなか楽しそうです】

「今回の小型機って、周回軌道まで上がれる?」

【真空域航行性能も一応ありますが、月旅行とか絶対ダメですよ。温度などの生命維持で途中でバッテリーが尽きますし、酸素も持ちません。従って、宇宙航行は無理です】

「そっか、衛星軌道へのシャトル程度なんだね」

【それもダメです。宇宙用の各種シールドも装備していませんので、小石程度の隕石一発でアウトです】

「あ、そうなんだ。……前世の宇宙飛行士って、紙装甲で宇宙に出てた?」

【はい。私の安全基準からすると、ありえない危険度ですね。宇宙は、安全基準をクリアしていた母艦でさえ大破する、大変危険な場所です】

「あ、そうだね。その機体では、大気圏外には出ません」

【ご理解、感謝します。まあ宇宙ステーションを作るならシャトルも作りますから、それまでは我慢してください】

「はーい」


アオラキに到着したティナは、小型機をクール君と名付けた。

速くてかっこいいクールな印象と、クルーザーを掛けたらしい。


クール君はインビジブル機能と無音推進器を備えた超音速機ではあるが、風切り音が出るため高度を取っての運用になった。


操縦はマニュアルも可能だが、インプラント経由の機体制御なのでティナがイメージした通りに機体は動く。ティナはすぐに操縦に慣れた。

当然アルによる遠隔操縦も可能だ。


アオラキ上空をご機嫌で飛び回り、アクロバット飛行を披露するティナだったが、この機体は決して戦闘機ではない。

加速度キャンセラーが無ければブラックアウトしそうなGに、アルが操縦に介入して強制的に着陸させ、ティナは正座してお叱りを受け受けることになった。

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