黒死病

【ティナ、よろしくない報告があります。バンハイムの首都で、腺ペストが発生しています】

「うげ。死者数は?」

【まだパンデミックは発生していないようですが、教会に運び込まれた複数の遺体からペスト菌が検出されました。バンハイムにはドローンが少ないので、死者数の把握は行政が発表するまで分かりませんね】

「バンハイムの首都って、防衛のために軍人が三倍になってたよね。東部からの避難民もいるし。衛生状態悪化してるだろうから、流行しそうだよねぇ」

【子どもの救出を計画しますか?】

「いや、前回は孤児だったから助けたけど、今回は親がいるでしょ。親や家族ごと保護なんかしたら、多すぎてバンハイムと揉めるの確実だよ」

【では様子見ですね】

「基本はそうだけど、特効薬の製造は可能?」

【出来ますよ。ただし日産五十本です】

「インフルエンザの時と同じパターンか。一応ストック作り始めて。うちの領には影響ないだろうけど、西部同盟には避難者が来そうだよね。クラウに連絡しておこう」

【了解です】

「しかしインフルエンザといいペストといい、この時代って感染率や致死率高すぎるよ。そのうち赤痢や麦角菌中毒とかも出そう」

【ハルシュタットの薬品製造ラインも稼働しましょうか?】

「そうか、うちの領都にも各種製造ライン作ったんだ」

【孤島用の製造ラインも製作中ですから、アオラキで組み立てて設置すれば三倍の薬品が作れます】

「原料とか大丈夫なの?」

【ハルシュタットと孤島の備蓄用に原材料を増産していますから、余裕がありますよ】

「そうだった。備蓄用こういう時に使うんだから問題無いね。じゃあそれで行こう」

【了解です】


方針を決めたティナとアルは、それぞれに動き出した。

アルは孤島用各種製造ラインの中から薬品製造ラインを組み立て、バンハイム首都へ情報収集用に小型ドローンを追加で六機派遣した。

ティナは最近ご無沙汰だったクラウに会おうと、クール君でシュタインベルクに向かった。



「クラウ、ご無沙汰~」

「いらっしゃいティナ。領主様業はどう?」

「まだ始めたばかりだからよく分かんない。住民もやっと百二十人移住したところ。二万人の領民を預かるクラウって、改めてすごいと思ったよ」

「わたくしなど、まだまだですわよ? でもティナの領は、一度見に行きたいですわ」

「まだ人がほとんどいないし、ここからだと200kmくらい南西の魔の森の中だからねぇ。あ、外観はこんな感じだよ」

「……なんですのこのきれいな町と大きな城は!? 小領のようですのに、なぜお城まであるのですか!?」

「あはは、アルと悪乗りして作っちゃった。お城なんて、広すぎてすごく使いにくい」

「妖精王陛下の御座所としては妥当でしょうが、使いにくいって…」

「いや、その呼び方は止めて。住んでみて分かったけど、お城って歩くの大変だった」

「わたくしもこの館に引っ越した時に思いましたわ、移動が大変だと。今はもう慣れましたけど」

「私、城内を車輪付きのボードで移動してる」

「…第二城壁の一階みたいですわね。あそこ、商人が三輪ジーネで移動していますから」

「第二城壁は荷物積んで往来出来るように、広く作ったからね」

「時折上位貴族が視察に来ますのよ。わたくしが大絶賛されるので、複雑ですわ」

「そこは設計を任せてくれたクラウの英断ってことで」

「この都市すべてティナの設計ではないですか!?」

「ごめんね。でも遊ばせてくれてありがとう」

「都市づくりが遊びって…まあいいですわ。それで、今日は顔を見せに来て下さったの?」

「それもあるんだけど、困った報告がてら来たんだよ。バンハイムの首都で、黒死病が発生したの」

「黒死病!? とんでもない疫病ではないですか!?」

「うん。致死率は三割から六割。ネズミやノミが媒介して感染が広がるから、バンハイムの首都みたいに衛生環境悪いと、すごく広がると思う」

「黒死病はネズミやノミが運ぶのですね。ここはティナとアルさんのおかげで清潔でネズミなど見かけたりしませんが、旧都や西部同盟は危ないですね」

「そうなの。だから連絡しておこうと思って」

「ありがとうございます。バンハイム首都の状況は分かっていますの?」

「アル、どう?」

「パンデミック初期段階に移行しつつあるようです。ですが首都の教会は、まだ発生に気付いていませんね」

「うわぁ…。ひょっとして、教会が多くの勤勉な実務担当を破門しちゃったから気付けてない?」

「可能性はありますね。残った実務担当に負担が集中して、かなり忙しそうですから」

「…首都中央教会、ろくなことしないな」

「ティナ、どういうことですの?」

「ああ、言ってなかったね。私の領に受け入れた移住者たち、閉鎖された孤児院の孤児と、閉鎖に反対して破門されちゃった教会関係者と、前回シュタインベルクに来た聖堂騎士の生き残りや遺族たちなんだよ。多分三十人くらいは、首都教会の元実務担当」

「…そんなことをしていましたのね。愚かな中央教会のせいで、黒死病の発生が見過ごされている。そのために、誰も対処せずに感染が拡大してしまう。…やるせないですわ」

「ほんとだよ。人の迷惑を顧みない利己主義な人が上に立つと、被害を被るのは下々の人たち。バンハイム、下手すると滅ぶんじゃない?」

「……西部同盟に信書を出します。感染拡大を想定をして、備えておくようにと」

「特効薬はどうしようか?」

「黒死病の特効薬まであるのですか!?」

「例によって一日五十本から百本くらいが製造限界だけどね。明日から届けるよ」

「…星の影響病と同じように、西部同盟に分配します」

「ごめんね、久しぶりなのにこんな話して」

「感染が広がってからよりよほどましですわ。事前に対処出来るのですから」

「そうだね。じゃあ、私もそろそろ領主業に戻るよ」

「そうですわね。わたくしも信書の用意をします」

「じゃあまたね」

「あ、ティナ。いずれはティナの領に連れて行ってくださいましね」

「うん、分かった~」


久しぶりにシュタインベルク家のみんなに会えたティナは、機嫌よくホーエンツォレルン城に戻って行った。

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