初移住者歓迎

ホーエンツォレルン城の大広間で目覚めた一団は、しばらく呆然としていた。

あまりに荘厳で豪華な大広間の様子に、自分たちがいる場所を理解出来なかったのだ。


やがてすぐ横のベッドで眠る仲間を起こし、自身の正気を確かめあっていると、メイドたちを引き連れたアルフレートが現れた。

ここはすでにホーエンツォレルン城の城内で、全員が寝ているうちに妖精が運んだと説明。

すでに中庭に朝食の用意があるので、支度が出来たら案内すると言って、大きな扉の近くに控えた。


身支度を整えて荷物を担いだ大人たちは、孤児を引き連れて中庭に案内された。

そこには多くのテーブルが設置され、料理が宙を舞っていた。

昨日も見たはずだが、一晩経ってもその衝撃的な光景は、一団の歩みを止めさせた。


よく見ると、人数は少ないがメイドたちも配膳を手伝っていた。

その中には、せっせと働くティナの姿もあった。

ティナの姿を捉えた元聖堂騎士たちは、荷物を放り出してティナの元に駆け寄り、跪いて頭を垂れた。


「ティ、ティナ様! またお会いできるとは何たる僥倖。我ら元聖堂騎士、ぜひとも治療いただきましたことへの感謝を奉じさせていただきたい」

「治療中も、シュタインベルクを出る時も、昨日もお礼言ってたじゃん。感謝しすぎ禁止!」

「し、しかしながら、本来は致命傷のはずの傷を癒やしていただきました我々としましては、何度でも感謝を申し上げたく――」

「感謝はきちんと受け取ったからもういいって。しかもあの治療は、クラウ…シュタインベルク領の領主からの依頼なんだから、そっちに感謝すべきでしょ」

「そういたしたいのはやまやまなれど、我々はシュタインベルクには入れません。ならばこうしてお会い出来たティナ様に――」

「いい加減にしなさい! あの戦いでは、亡くなった聖堂騎士の人たちの方が多いのよ。その遺族の前で、助かったお礼ばかり言ってちゃ駄目でしょ!」

「あ、…た、たしかに」

「じゃあもうおしまいね。それより、温かいうちに子どもたちに朝食食べさせてあげましょう」

「はい、了解であります」


やっとのことで朝食…にはならず、その後は一団のリーダーである助祭さんから挨拶を受け、ティナはお礼を言い倒す助祭さんと祈りのポーズのシスターたちを、なんとか言いくるめて食事にありついた。


昨日提供した料理は乾燥食料だったが、この朝食はこちらでアルが栽培した小麦や放牧している動物たちの産物が材料になっている。

畑への肥料も、動物への飼料も全てアル製。

しかも小麦や野菜はアルが品種改良したもの。

そして育成から収穫まで、管理も全てアルによるものだ。


結果、今までのこの世界での基準を大きく上回るレベルの食材となり、それらを使った料理は一団を驚かせた。

メニューとしては一団が食べ慣れたものに近いが、美味さが段違いなのだ。

皆が感嘆の声を上げながらの朝食となったのは必然だろう。

全身で喜びを表しながら食べる子どもたちを見て、大人たちは移住を決断してよかったと笑みを浮かべた。


だがよく見ると、年少の子どもたちに交じってティナが一緒に食事をしている。

ふかふかのパンをちぎってジャムを塗り、隣の子の口に放り込んで、ジャムの甘さにとろけ顔になるのを見てにまにま。

逆隣の子がスープを零して服を汚すと、ハンカチで拭いてあげている。

左右の子の世話ばかりしているのかと思えば、料理が宙を舞ってティナの口に収まっている。


貴族が子連れで孤児院に慰問に来ることはある。

だが、一緒に食事をしたり、ましてや小さい子食事の面倒を見るなどありえない。

ティナに気付いた者たちは愕然とするが、当のティナは楽しそうに子どもたちの世話を焼いている。

貴族風の感情の乗らない微笑みなどではなく、満面の笑みでだ。


ティナに気付いた者たちが止めるべきかどうかとオロオロしている間に食事は進み、満腹になったらしい子の残した料理まで、ティナが食べていた。


普通は逆だ。

貴族の食べ残しを、使用人や平民が食べるのだ。

なのにティナは残り物を自分の腹の中に納め、子どもの汚れた口元を拭っている。


昨日は子どもが領主なのかと不安になったものの、話し方や気遣いから大人びているとは感じていた。

だが今の光景を見て、不安は完全に消えた。

ティナの行いは、母性そのもの。

このような母性を持ったティナが領主なら、子どもたちは幸せに過ごせるだろうと、ティナの行動を見ていた者たちは思った。


やがて食事が済み、ティナに促されて食後の祈りを司った助祭は、ティナにも感謝を捧げた。

顔を赤くし慌てて手と顔を振るティナの反応は、当たり前だと思っている行動に感謝されてしまった者のそれだ。


ティナは顔を赤くしながらも、『この食事は妖精とこの城の家人たちによるものだから、出来たら感謝はそっちに』と、言い訳じみたセリフを吐いていた。

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