初めての移住者

移住者の第一陣がやってきた。


長大な城壁と大きな正門前で、移住者全員放心状態。

門番などいないが、アルが事前に到着予定を知らせていたため、新都メンバー全員で出迎えた。


移住者の一団は、荷馬車三十八台、移住者百十二名。予定の五倍以上の規模だ。

荷馬車を入れるためにカーヤが魔法で大門を開けると、移住者全員が魔法の規模に驚愕。

なだめすかして、何とか新都内に進入。

住居の増築を考慮して整備されたきれいな石畳の道に、またも移住者は驚愕した。


領主館に案内する道中、こんな規模の移住になった事情をアルノルトが聴き取った。


爵位と領主を継いだクラウのはとこは、インフルエンザによる労働人口の減少を知り、生産高を維持させるために生き残りに過酷な労働を強いた。

その上でさらに税を上げ、税収増をもくろんだ。

あまりに過酷になった環境に耐えきれず、住民たちが夜逃げしているそうだ。

本来夜逃げを取り締まるはずの兵士まで、住民と一緒になって逃げ出しているらしい。

手紙を貰った第一期の移住者たちは、仲の良い者たちを情報が漏れないように行き先を伏せて夜逃げに誘い、一緒に移住して来たのだった。


驚いたのは誘われて夜逃げした者たち。

夜逃げ先など、受け入れてくれるのは労働人口の少ない寒村くらいだ。

それでも使いつぶされて死ぬよりはマシと逃げて来てみれば、受け入れてくれるのは頑強な城壁を持った城塞都市。

しかも人がほとんどいないのに、新築の家と畑が用意されている。

目を疑うのも仕方ないだろう。


都市中央にある領主館に着いた面々は、立派過ぎる領主館に唖然。そしてアルノルトからクラウを紹介された。

この城塞都市の領主、クラリッサ・シュタインベルクとして紹介を受けたクラウは、はとこが血統を無視してシュタインベルク領の領主に居座り、民に圧政を敷いていると非難。

しかし自分はすでに死者扱いされ、シュタインベルク領を奪還する戦力が自分に無いことを移住者たちに詫びた。

そして移住者を安心させるため、この都市には妖精の加護があることを明かした。

妖精の姿は見えないが、この都市内にいるから不思議な光景を見ても、くれぐれも驚かないようにと念を押す。


すると水で出来た大きな魚が空中に現れ、悠然と頭上を泳いでいく。

そして魚の後に続くように、水で出来た森の動物たちが空中を行進して行った。

行進が終わった者は次々に領主館横の池に飛び込み、たたの水に戻って流れていく。


実はこれ、インビジブルドローンに乗ったティナの魔法だ。

クラウに相談され、都市の防衛に限り妖精が手助けするとティナは話していた。


今回クラウの話の流れで、移住者に不思議な光景を見せた方が説得力があるだろうと、ティナが即興でパフォーマンスを演じたのだ。

妖精の存在を話したクラウ自身も、移住者同様に目を見開いて驚いているのはご愛敬であろう。


妖精の存在を身近に感じた移住者の興奮が醒めやらぬうちに、気を取り直したクラウは、シュタインベルク家の正統後継者としてシュタインベルク領の領民をこの新都で保護すると宣言した。

移住者たちはクラウの顔を知っている者がほとんどで、先ほどのティナのパフォーマンスもあって、この宣言は全員の拍手と歓声をもって受け入れられた。


その後新都の初期メンバーと役割が紹介され、こっそり戻っていたティナは魔法と錬金術の師匠として紹介された。

子どもの姿に驚く移住者たちだったが、ティナが各種の魔法を披露したことで、移住者たちは納得したようだ。


解散後アルノルトは移住者に住宅を割り振ったが、当然住宅は足りなかった。

大家族から順に家を割り振り、単身者や兄弟姉妹は、城壁内部の兵士用小部屋を仮住まいに充てた。

また領主館で働く予定の者は、館内に部屋を与えられた。

報連相の便宜上、ティナの私室も領主館内に貰った。


移住者の住居はとりあえずなんとかなったが、一番の心配は食料だ。

明日からは移住者の大半で畑を拡張し、移住者が持って来た小麦の種子を買い上げての種まき作業だ。


クラウとアルノルトは、領主館で館の体制づくりと移住者への指示。

ティナは二人のメイドと共に、運搬作業用員の移住者を連れて肉の調達に森へ。


食料の備蓄は少量あるものの、想定の五倍以上の人数で食べれば、夏を待たずに食料が尽きる。

移住者の食糧確保は急務だ。


ティナたちと共に森に同行した者たちは、獲物の運搬に大忙しだった。

三人共が魔法の一撃で獲物を狩るため、運搬が追い付かないのだ。

自分たちよりはるかに若い少女たちの魔法に、大人たちは驚愕していた。


一方、畑を耕しに出た者たちも驚愕していた。

倉庫に行けば新品の農具が大量に置かれ、腐葉土や骨粉も豊富にある。

畑を拡張するのも、すでに土はふかふかで簡単に腐葉土や骨粉と混ぜられる。

畑横には手押しポンプ付きの井戸が何か所もあり、簡単に水が汲めてしまう。

本来は、堅い土を起こし森から腐葉土を運び川と畑を往復して水を蒔く。この苦労が全く無いのだ。


一日を予定していた作業は、全て午前中に終わってしまった。

そして倉庫前の広場に戻ると、大量の獲物が血抜きのために吊るされていた。


移住者たちが荷物整理しようと割り振られた住居に戻る途中、重い石材が宙を舞い、整備された空き地に家が建っていく光景がそこかしこで見られた。

移住者たちは自分の境遇が信じられず、互いに正気を確認し合っていた。

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