襲撃? 嫌がらせしよう

【ティナ、旧都の領主が領兵にここへの襲撃を命じました】

「あ~、移住者を攫いに来る感じ?」

【はい。おそらく二百人程度の兵が、明朝出発予定です】

「百人以上も夜逃げしちゃったら、捕まえに来るよねぇ…。痕跡も多いだろうから行先はバレてるだろうし」

【インフルエンザで労働人口が減ったところへ百人規模の逃亡では、かなりの痛手になるでしょうからね。途中で迎撃しますか?】

「う~ん……。迎撃はここまで来たらの最終手段にしよう。ここまで何日くらい?」

【歩兵中心なので三日くらいでしょう】

「そっか。じゃあねぇ、こんなのはどうかな。インビジブルドローンで―――」


ティナはアルに行軍妨害作戦を打ち明けた。

たとえ作戦が失敗しても、最悪新都で迎撃すれば、二百人程度なら簡単に撃退可能だ。

ティナは気軽に妨害作戦に入った。



翌朝旧都を出発した領兵たちの行軍には、問題が多発していた。

出発して直ぐに雨に降られ、雨雲が一行の先回りをするかのように雨が降り続く。

そして昼過ぎには、輜重部隊の荷車が一台壊れた。

当初は壊れた荷車を放棄して、荷物を他の荷車に積み替えてしのいだ。


だが、しばらくするとまた別の荷車が壊れる。

今更街に引き返すと往復二日ほど無駄にしてしまうため、行軍はそのまま続けられた。

やがて壊れていない荷車には荷が載せきれなくなり、兵たちに荷を分散して背負わせて進む。


兵たちは重い荷物を担いでやっとの思いで野営予定地に到着したが、当てにしていた湧き水は濁り、異臭を放っていた。

雨がずっと降り続いていたため、雨水を天幕で溜めて急場をしのぐ。

雨で火を焚くこともできず、兵たちの夕食は干し肉と濡れたパン、そして少量の雨水になった。


夜半にやっと雨が上がり、テントで就寝していた兵たちは、哨戒していた兵の叫び声で飛び起きた。

野営地の中を、うっすらと紫の光を放つ腐った死体のようなものが、宙に浮きながら野営地を徘徊し始めたのだ。

『うらめしい。命をよこせ。身体をよこせ』と、ひび割れた声で呟きながら、腐臭をまき散らして。


兵たちは槍や弓で応戦しようとしたが、槍も矢もすり抜けて攻撃は効かず、近づくと口から白い息を吐きかけられ、冷気を浴びせられたように寒くなる。


兵たちは恐れおののいて逃げ惑い、近くの森に隠れた。

すると森の奥から肉食獣らしき唸り声が響き、藪をかき分ける音が徐々に兵たちに近付いてきた。

慌てて森を飛び出せば、また死体らしきものが近づいてくる。

兵たちは恐慌状態で走り回ることになった。


やがてうっすらと夜が白み始めると、死体も唸り声も消えた。

走り疲れ、雨にぬかるんだ地面にへたり込む兵たちの耳に、複数の子どもの笑い声が響いた。


【ティナ、全く武力を使わずに戦闘集団を瓦解させるなど、私には発案できません。あなたの元いた世界はどうなっているのですか?】

「んぁ? いや、あれはただのいたずらだよ。瓦解って事は進軍やめたの?」

【あれがいたずら…。野営していた兵士たちは、散り散りになって全員もれなく逃走しました】

「こっち方面には?」

【一人も来ていません。しかし今回の作戦はとんでもない。私の持つ戦闘シュミレーションデータは敵性生物用ですが、対人用にはほとんど役に立たないと理解しました】

「何言ってるのよ。雲に液体窒素撒いて雨を降らせるのも、3Dホログラムでゾンビ映すのも、冷却スプレーと腐臭っぽいスプレー撒くのも、藪をかき分ける効果音出すのも全部アルじゃなきゃ出来ないんだよ。超優秀じゃん」

【自分が持つ能力を、効率よく最大限に利用する案を発案出来なかったことが問題なのです】

「それは仕方ないよ。アルはまだ人間的思考になり切れてないんだから」

【人間的思考ですか…。なれるのでしょうか?】

「少しずつなれてるよ。たとえば、今回クラウに協力したのはなぜ?」

【ティナがクラウと交流することで、ティナのメンタルに良い影響があると考えたからです】

「アルが持つ技術を、乗務員でもないクラウに惜しげもなく貸し与えてるよね」

【ですからそれがティナのためになると……。貸し与えすぎですね。ピコマシンのシロップ剤と手紙のやり取りだけでも良かったはずです】

「多分アルは、私のためになるからって考えてやり過ぎたんだよ。論理的思考オンリーなら、やり過ぎなんて起こらないでしょ?」

【…これは誤演算ではないのですね?】

「アルが私を思って過保護になってくれたの。だから『ありがとう、アル』」

【…なぜでしょう、一瞬演算回路が意味不明のデータで飽和しそうになりました。これが人間的思考ですか?】

「うん。私はそれがアルの感情だと思ってるよ」

【…精進します】


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