妖艶なお姉さんは遠い

「アルさん、西部同盟の侯爵家、ここからどれだけ離れていますの?」

「436kmです」

「あの大きさの船が、先ほどまでこちらにございましたのに、ほんの少しの間にあちらに到着していましたわ。事前にお聞きしていましたが、早すぎではございませんの?」

「いったん高度を取ってから移動したので、二十三分かかりましたよ」

「…高度を取らなければ、もっと早いのですね」

「高高度まで上がりませんと航路下の住民が驚いてしまいますから、低空飛行は無理ですね」

「ティナの…クール君でしたか。あれも早かったですね」

「クール君もダーナも、最高速度を出すと音で住民を驚かせてしまうので、残念なことに高高度での中速運用しか出来ませんね」

「本当に今日は、驚かされてばかりですわ。早馬を乗り換えながらでも、シュタインベルクから二日はかかりますのに…」

「忘れてない? カーヤさんは新都から旧都に二時間以内で行けちゃうんだよ。今レベル上げしてるから、もっと早くて距離も伸びるよ」

「そうでしたわね。ですが桁が違いすぎませんか? もし侯爵家まで直線で最高速度で行けたら、どれだけかかるのですか?」

「二分少々ですが、地上に被害が出ますね。おそらく家の屋根が飛ぶかと」

「屋根が飛ぶほどの速さですか…」

「でもドローンはカーヤさんに負けるよ」

「ティナは?」

「…………えへ♪」

「ティナはすでに、ここからシュタインベルク領都まで一時間かかりませんよ。生身でですよ? 何なんですかね、この幼女」

「ひどっ! 頑張って強くなろうとしてるだけじゃん!」

「すでに死与虎四匹を瞬殺出来るレベルじゃないですか。まだレベルを上げる気ですか。身体の成長、完全に止まっちゃいますよ?」

「いいじゃん別に! 妖艶なお姉さんは、もう諦めたから!」

「レベル上げを諦めてください」

「やだ」

「たった二音で否定しないでください! もう十分な強さなのに、なぜそこまでレベルを求めるんですか?」

「………アルを置いていきたくない」

「なっ!?」

「ぶっちゃけましたわね。これはアルさんの負けでしょう?」

「……クラウ、その言葉、クラウ自身にも刺さってますよ」

「……わたくしが若いまま領主として君臨し続けると、世代交代出来ずにあちらこちらに不満が出てしまいますね。いっそのこと、早く子どもを産んで隠居してレベル上げようかしら」

「それ、子どもや親しい人全部を見送ることになるよ」

「ティナは…。もう覚悟していますのね」

「うん。私を愛しんで育ててくれた人をあの修道院に殺された私は、これ以上理不尽に大好きな人を奪われないためにレベルを上げてるの。そのために私の寿命が延びて大好きな人たちを見送ることになっても、その死が理不尽じゃなきゃ心を込めて見送るの。それにアルは私より長生きしてくれそうだから、出来るだけお別れは先に延ばしたいし」

「……そこまでの覚悟をお決めになるほど、その修道院は死が近かったのですね。それほどの環境にいたティナのことを思うと、わたくし泣きそうですわ」

「悪い事ばかりじゃないよ。私を四歳まで愛しんで育ててくれた人に会えたし、あの修道院を脱出したおかげでアルに会えて、そしてクラウたちにも会えた。だから今は、すっごく幸せなんだ。こんなにも幸せな気分、自分だけで味わってるなんてもったいないから、出来るだけみんなに味わってもらいたいの」

「見返りなく人助けするティナの行動原理が理解出来ましたわ。みなさんが幸せを味わえることこそが、ティナにとって見返りになるのですね」

「そうなの。みんなが幸せそうな顔してると、こっちももっと幸せな気分になるでしょ」

「自身がもっと幸せを味わうために、他者を幸せにしているのですよね。以前わたくしを、ティナよりお人好しだと評した理由が分かりましたわ。ティナは私欲で、他者を幸せにしようとしているのですね」

「でしょ。クラウはシュタインベルク家の一員として領民を幸せにしようとしてるんだから、私欲まみれの私なんかより、よっぽどお人好しなんだよ。だからね、クラウはもっと自分の幸せを求めてもいいと思うんだ。クラウが今より幸せになれば、私はもっと幸せになれるから」

「私欲全開ですのね。なのに誰も不幸にならないことがもう、ティナらしいですわ」

「えへへ」

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