おっちゃんの仲間も拾ったので、お城に連れて行こう

潜伏している倉庫に敵側の戦力を削ぎに行ったはずの二人が予想外に早く戻り、ここが包囲されつつあると警告されたアンドレの仲間たち。

大急ぎで倉庫を出た後は、初めて見て体験することばかりで理解が追い付かず、目を丸くして思考停止している間に案内された豪華な迎賓館。

アンドレの仲間たちは通された客間でお茶を出され、メイドたちが下がってからもしばらくは誰も口を開かなかった。


やがて出されたお茶が冷めたころ、ようやく会話が始まった。


「…俺、夢を見てるんじゃないよな?」

「…さっき足を家具にぶつけたら痛かった。痛みを感じる夢ってあるんだな」

「お前たち、俺も自信は無いが、多分夢じゃないぞ」

「じゃあ幻っすかね?」

「普通幻には実体が無いだろう。この椅子の見事な木彫り装飾も、しっかりと感触があるぞ」

「でも団長、空飛ぶ見えない船なんてあるんすかね?」

「…自信は無いが、あるんだろうな。実際乗っただろう」

「まあそうなんですけど。でも、なんすかあの蜘蛛みたいな妖精? 仲間が上に乗ったら、一瞬で姿が見えなくなったっす」

「船にも驚きました。敵側の奴らがすぐ下にいるのに、全然気付いて無かった」

「あの速さもおかしいだろ。窓の外を、とんでもない速度で景色が流れてた」

「俺、横向いて落ちてるんじゃないかって錯覚した」

「「すげえ速さだったよな」」

「速さにもびっくりだったが、ここの街並みを見たか? あんなきれいな町、うちの国には無いぞ」

「俺はこの領の在り方にびっくりだぜ。王都の城壁なんぞより遥かに高い山が領全体を囲んで、町は湖に守られてた。しかも領の周りは深い魔の森だって話だ。普通こんなとこに領なんて作れねえぞ」

「だよな。つまりこの領は、空を飛べなければ出入りが出来ないってことなんじゃないか?」

「お前たち、空からこの城を見ておかしいとは思わなかったのか?」

「「「…」」」

「分かんないっす。何がおかしかったんすか団長?」

「下の町に繋がる道が、一本も見えなかった。つまり、町とこの城の行き来ですら、飛べることが前提なんだ」

「…ちらっと見えましたが、町に住んでたのは人だったっすよね?」

「ああ、普通の人に見えた。城と町の行き来なんて絶対必要なはずだ。じゃあここは、普段から飛んで行き来してることになる」

「…とんでもない領っすね」

「まだあるぞ。この領、守るための兵力は必要か?」

「深い魔の森抜けて高い山超えて、その後湖を渡ってやっと町に着いて、城攻めにはさらに道の無い急峻な山を登らなきゃいけない。たとえ城にたどり着けても、飛んで逃げられたらどうにも出来ない。そんなとこ、よほどの阿呆でも攻めませんよ」

「つまり、兵を養う必要が無いから給金も要らない。武器や防具も不要だってことだ。領民の税負担は、かなり少ないだろうな」

「こんなとこに領作ろうなんて思った人、頭おかしいっす」

「単なる勘だが、ティナ嬢ではないかな」

「え、あのちびっ子公爵っすか?」

「いいかお前ら、絶対にティナ嬢を侮るなよ。容姿はお可愛らしいし気さくに話して下さるが、あの方の思考力、戦闘力、精神力はとんでもないぞ。俺はお前たちを率いる騎士団長として、自分が恥ずかしい」

「え、どういうことっすか団長?」

「レモンドは俺とティナ嬢の話を聞いていただろう。分かるか?」

「容姿に似合わない、大人顔負けの話をするとは思いましたが…」

「やはり気付かなかったか。ティナ嬢は俺の話を聞いてすぐに、俺が執るべきだった作戦を一瞬で思い付いたんだ。俺は奴の周りにある戦力を、武力でちまちま削ることしか思い付かなかった。その結果、大切な仲間を十人も失ってしまったのだ。だがティナ嬢の作戦は、最後の一戦に仲間を集中して本懐を遂げるためのものだった」

「……奴の犯罪を公にして失脚させれば、奴が持つ武力を、こちらの損耗無しで減らせるということですか?」

「ああそうだ。しかもティナ嬢は、妖精王国が裏にいると分からぬように証拠を集めて奴を失脚させると言った。その作戦は俺達でも可能だったはずなんだ。こちらの正体は明かさずにあの町で斥候職か盗賊を雇って奴の不正の証拠を集め、奴に敵対する者に提供すれば、勝手に奴を追い落としてくれる。単なる政争に見えるから我々の存在は明るみに出ず、奴が不正で失脚すれば巻き添えを恐れた者は去り、奴自身が持つ防御力も低下する。しかも奴はこちらの存在に気付いていないから、事前に対処されることも無い。つまり、油断しているところを攻めることが出来たのだ。自分がこれほど情けないと思ったことは、今まで一度も無かった」

「……しかし団長、作戦は我々全員で考えたものです。つまり仲間を失った責任は、我々全員のものです」

「そうかもしれんが、団長として一番責が重いのは確かだ」

「「「「「……」」」」」

「あとな、一瞬で十二人を屠り、しかも何事も無かったように平常心で話していた。すごい戦闘力と胆力だ」

「え? あいつら全員死んでたんですか?」

「ああ。起き上がって来ぬか警戒していたが、全員息をしていなかった。攻撃前に、わざわざ別れを告げていたしな。その上、後続八人とそれ以外にも仲間が近くにいそうだが、敵と一般人を判別するのが面倒だから逃げたと言ったんだ。倒した方が良かったかと事もなげに聞かれた時、ティナ嬢にはそれが簡単に出来るのだと気付いて、身震いが来た」

「怖えぇぇぇ」

「もう一度言っておくぞ。あれほどの思考力を持つティナ嬢なら、俺の話の裏取りも必ずするはずだ。幸いなことに、今は我々に本懐を遂げさせようと協力してくださっている。絶対に侮ったり、疑われるような行動を取ってはならんぞ」

「「「「「承知しました」」」」」

「それと今後の方針だが、騎士団長としては責任放棄のようで情けない限りだが、ティナ嬢なら必ず今の俺たちだけでも本懐が遂げられるような作戦を考えてくれると思っている。俺のちっぽけなプライドより、本懐を遂げることを最優先させてくれ」

「団長がそれほど信を置きますか?」

「あれほどの力を持つティナ嬢が、最初から俺たちが本懐を遂げるように提案してくれていた。ティナ嬢がやれば我々がやるより遥かに簡単なはずなのに、我々の心情を慮って妖精王国の影が見えないようにとの配慮までしてくれるのだ。つまりそれは、表面上俺達だけで本懐を遂げたことになる。おそらくだが、それが死んでいった団員たちへのたむけになると考えてくださっている気がするのだ」

「何なんすかあの人。にこにこしながら普通の少女みたいに話しかけてくれるのに、今日会ったばかりの俺たちのことを、何でそこまで考えてくれるんすか?」

「俺が信を置いてしまう理由、少しは分かったか?」

「「「「「分かり過ぎです!!」」」」」


(なるほど、ティナが気に入るわけです。自身の失策で仲間を失ったことを後悔しながらも、仇討という目的遂行のためには、自身のプライドなど捨てて、容姿が幼女であるティナの立てた作戦にさえ従う。容姿に騙されずに人を見る目と、本質を見誤らない目的意識。なかなかに得難い人物ですが、他家に忠誠を誓ってしまっているのが惜しいですね。今回は安全確認のために盗聴していましたが、内容は母国語でティナを褒めることばかり。聞いてしまったことが申し訳ないので、ティナには黙っておきましょう)

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