お見合いツアー 圧倒されるランダン側

翌朝早くに目覚めたランダン王国の者たちは、ランダン王国用に割り当てられた応接室に集まっていた。


「皆、すまぬ。夜に打ち合わせしようと言っておきながら、不覚にも眠ってしまった」

「ハルトムート殿下、大変申し訳ないことに、アウレール殿下以外、皆眠ってしまったようなのです」

「…あのベッド、睡眠薬でも仕込まれているのか?」

「いえ兄上、僕のベッドだけ仕込まなくても、意味なんて無いでしょう。まあ僕の場合、昨日見た素晴らしい物や景色に興奮して、なかなか眠れなかっただけですが」

「私は夜中に一度目が覚めましたので、睡眠薬のたぐいは無いかと」

「すまん、睡眠薬のように寝心地がいいベッドだと言いたかったのだ」

「分かります。少し横になるだけのつもりだったのに、知らぬ間に熟睡しておりました」

「だよな。…まあ良いか。こうやって朝早くに集まれたのだから、問題は無い。では、昨日一日、各々がどう感じた?」

「空どころか雲の上を飛ぶなど、帰って報告したら正気を疑われかねません」

「強烈な体験でした。空を飛ぶ驚きから立ち直ろうとお茶を一杯飲んだだけで、もうバンハイムですよ? 飛空艇内にあった時計を信じるなら、二十分ほどだったかと」

「ああ、あの速さはとんでもない脅威だな。今までの輸送の概念が通用せん」

「高さもです。前人未到と名高い大山脈の上を軽々と超えられるなど、どこからでも自由な場所から攻撃可能ということです」

「私、ホーエンツォレルン公爵の前で『こんな大きな物が高速で空を飛ぶなんて信じられない』と溢したのですが、対話と取られたようで、『小さな町サイズの御座船があって、それはもっと早い』と返されました」

「……妖精王国に対抗しようなど、妄想にすらならんと理解出来たな。我が国は妖精王国と友誼を結ぶ以外、生き残る道は無い。その方向で話を進めるぞ。では、シュタインベルクはどうだった?」

「とんでもない技術が目白押しでした。その技術を惜しげもなく見せてくれただけでなく、詳しく解説までしていただきました。あれは、真似してもいいと言うことでしょうか?」

「あの、なんとなく答えてくれる気がして、それもホーエンツォレルン公爵に聞いてみました。作ってあげてもいいけど、揚水水車と城壁型住居以外は、使い道が無いだろうと言われました」

「…だろうな。甜菜を自国で栽培すれば小麦の収穫量が減る。綿花も同様だ。料理も、豊富な食材が無ければ作ることなど出来ん。やはりそこまで読まれていたか」

「三輪ジーネというのも、動かすのにかなりの魔力が要るそうで、マナポーションが無いとすぐに魔力切れになるとか。我が国でもポーションはありますが、魔力を補給出来るポーションは知りませんでした。私が興味を示したので、シュタインベルク侯爵の侍女殿が、帰りまでに各種類を用意してくれるそうです」

「我が国でもポーションは生産しておるからと、ポーション工房を視察対象から外したのは失敗だったか…」

「ちなみにシュタインベルクのポーション全種は、ホーエンツォレルン公爵が作り方を考え、製法を伝授したそうです」

「…システィーナ嬢はもはや知識の泉だな。我が国では種類ごとにに専任の錬金術師しか作れんポーションを全種作れ、さらには我らが知らぬマナポーションまでとは…。まだまだ出て来そうで怖いな」

「報告には続きがございます。ホーエンツォレルン公爵のポーションは、既存のポーションとは比較にならないほどの効き目なのに、副作用が一切無いそうです」

「言った傍からそれか!?」

「すみません! 魔獣を狩る魔法も考案して教えているそうです!」

「……すまん。少し動揺しただけで、決して怒ったわけではない。報告ご苦労だった」

「僕もホーエンツォレルン公について聞きましたよ。シュタインベルクの領都、あそこは元廃村だったそうです。星の影響病に罹ったクラリッサ嬢がわずかなお供と廃村に追放され、死にかけていたのを助けたのがホーエンツォレルン公なんだって。衣食住だけでなく、魔獣を退けるための魔法や怪我をした場合のポーションづくりを教えられ、クラリッサ嬢を慕って来た者が増えると第一城壁まで作り、バンハイムからの離脱で戦争の可能性が出ると、領民全てを匿えるように第二城壁まで作ってもらったとクラリッサ嬢は言ってたよ」

「星の影響病で死にかけていたのを助けた? またとんでもない情報が出て来たな。で、廃村に追放された者を助け、今ではバンハイムに並ぶもの無き領の領主にまで押し上げたということか?」

「五年半ほど前に、初めて会ったそうだよ」

「……システィーナ嬢は、たった五年半で二つの大国を属国にしてしまったと言うのか?」

「それが、二年ほど前までは領都シュタインベルクで毎日一緒に行動していたらしいから、二国を属国化したのは、実質二年なんじゃないかな」

「……なあ、みんな。システィーナ嬢は人ではなく、妖精もしくは受肉した天使。こう考えた方がよくないか?」

「そうだね。このお城や下の街並みなんて、人に作れる物じゃないよ。みんなも見たよね、この城の中」

「…城自体が、美術品を集めた宝物庫のようだったな」

「それ以上だよ。人には絶対作れない」

「分かった…。私からも報告がある。この城、貴族どころか武官や文官もいないだろう? 不思議になってシスティーナ嬢に聞いたら、メイドや執事の恰好をした者全員が、上位の武官や文官の能力を持っているらしい。試しに部屋付きのメイドに持ち込んだ仕事の計算を見せたら、瞬時に答えが返って来た。後で必死に計算してみたら、ちゃんと答えが合っていた。それにな、護衛たちに聞いたら、全員が武術の達人クラスの身のこなしだそうだ」

「それはとんでもなくすごいことですが、貴族無しでどうやって二国も治められるのですか?」

「ここにいるメイドや執事たちの先輩を各国や領に派遣していて、問い合わせや指示は、すべて映像だそうだ。つまりシスティーナ嬢は、執務室から一歩も動かず、誰一人現場から呼びつけることなく二国を管理しているのだ。こんな統治体形が出来る国が妖精王国なのだ」

「「「…」」」

「大変非礼な発言をお許しください!」

「なんだ、国のためになると思うなら言ってみろ」

「その…我が国も妖精王国の傘下に入った方が、良くはありませんか?」

「お前すごいな! 私もそう思っているぞ」

「ですが我が国の貴族は、納得なんてしませんよね?」

「…そこまで言うなよ、絶望的になるだろうが」

「お話し中失礼! 足音が近づいてまいります」

「足音? そういえばこの城の者の、足音を聞いた記憶が無い」

「おそらくわざと足音を立て、接近を知らせているのでしょう」

「ずいぶんと出来た使用人だな。うちのメイドや執事にも見習わせたいぞ」


コンコンコン


「ランダン王国ご一行様、いらっしゃいますか?」

「ああいるぞ。何かな?」

「朝食の準備が整いましたので、ご都合がよろしければご案内させていただきます」

「分かった。用意する」

「廊下の端に控えておりますので、ご支度が整いましたらお声がけくださいませ」

「承知。配慮感謝する」

「とんでもございません。では、下がって待機いたします」

「ああ」

「………声の聞こえぬ位置まで下がりましたね」

「あれほどの気配りが出来て、上位の文官や武官並みの能力。その上あの若さだ。システィーナ嬢が羨ましくなるな」

「あの使用人たちも、ホーエンツォレルン公爵が育てていたりして」

「!! お前の一言は怖いぞ! まったく笑えん!」

「…すみません」

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