これ、私の町

入室するなり、いきなりアルフレートからお説教予告を受けたティナ。

クラウは注意してくれようとしたようだが、残念ながら『あ』の一言では伝わらないし、間に合わなかった。


この城にはドローンとデミ・ヒューマンしかいないため、ティナは実家感覚で気が緩んでいたのは確かだ。

普段からアルはドローンでティナの行動を把握しており、ティナもそのことが分かっているので普段はノックを省略しているのだが、さすがにお客様の前でノック省略はマナーが悪い。

室内にいるのがアルフレートなので着替え中などのハプニングは起こりようが無いが、お客様に入室可能状態だと示さなかったのは配慮に欠ける。


アルノルトは『その通り』とばかりにうんうん頷いているが、女性陣三人は『やっちゃたねぇ』って感じで視線を逸らしている。

叱られているティナを見ないようにしているのは、きっと武士の情けだ。

決してティナからの助けを求める視線を避けたわけでは無い。…多分。


改めてアルフレートと挨拶を交わした四人は、それはもう盛大にアルフレートに感謝を述べ合った。

感謝され過ぎて困り顔のアルフレートを見たティナは、自然な感情発露が出来ていることを喜んだ。

だが先ほどお説教予約を入れられたために、視線で助けを求めるアルフレートをにんまり顔で無視した。


追い詰められたアルフレートは、城に残っているデミ・ヒューマンたちを呼び寄せて応接室のドアをノックさせた。

デミ・ヒューマンたちの紹介に移行することで、窮地を脱しようとしたのだ。


試みは成功し、デミ・ヒューマンたちを“他国で雇った人”として紹介した。

これはティナがデミ・ヒューマンたちを人として見ているため、対外的にも人として紹介したいと言うティナの意向を優先したからだ。


お茶をしながら雑談を交わして親交を深めたのち、一行は前庭に移動した。

本来のホーエンツォレルン城では螺旋状の馬車道がある部分だが、ここでは馬車道など不要なため、広い庭園が造られていた。

ただこの庭園、地下の発電施設からケーブルで電力が引かれていて、ドローンたちの充電場所兼駐機場になっている。


今は西部同盟の災害復興支援のためにドローンやローバーを先行させていて、ここにはこの領を維持するための最低限しか駐機していない。

それでも各種ドローンやローバーの現物が見せられるので、四人をここに案内したのだ。


インビジブルが解除された状態で充電中のドローンやローバーを四人に見せ、実際に触ったり乗り込んだりもした。

これでドローンやローバーは、馬車や道具類のような物だと知らせる意図があった。

実際に金属ボディに触れた四人は、生物ではないと認識したようだった。



ドローンやローバーとのふれあい体験を終えた一行は、中庭のガーデンテーブルで昼食を摂り、食休みを済ませてから屋形船に乗った。

低空飛行で領内各所を巡り、実際にドローンが働く牛舎や豚舎、鶏舎、小麦畑、水田、無人の街並みなどを視察したのち、湖に着水してティータイムに入った。


「ティナ、この領に招待していただいたことに感謝を申し上げますわ。わたくしたちが目指すべきシュタインベルクの、未来を見せていただいたようです」

「え? 領民ほとんどいないから、私がシュタインベルクを参考にしようと思ってるんだけど」

「今のシュタインベルクは、ティナの発案を多く取り入れたからこそ領民たちが幸せに暮らせているのです。この場所に人が増えれば、ティナならすぐに笑顔があふれる領に出来ますわ。わたくしが参考にしたいのは、家畜の飼育環境や田畑の整備、街並みの作り方です」

「左様にございますな。清潔な家畜舎や放牧の仕方、散水しやすい畑、計画的に配置された街並み、雨水を浄化しての高低差を利用した上水道、下水の処理方法など、大変参考になりましたぞ」

「ああ、そっちね。あれはみんなアルが作った物だよ」

「参考にしたのは、すべてティナの知識ですが?」

「いくら知識があっても、私じゃ作れないって」

「お二人がすごいのです。ティナの知識とアルさんの作業力、この二つが合わさったら、もう最強ですわ」

「そうですよ。私たちはメイドとしてシュタインベルクの領主館に勤めていますが、旧領主館とは仕事の効率が段違いなのです。ですが今日この領を拝見して、さらに上があったのかと驚いています」

「そうそう。私なんてお肉の調達に森に入って狩してたのに、ここって狩りをする必要も無いじゃないですか」

「人が増えたら、家畜増やさなきゃダメだけどね」

「ティナ様。うちの領都は、貴族たちが商隊のフリをして視察に来るほどの町になっておるのですぞ。ですがここは、我が領都以上に完成された領地。シュタインベルク領全体を運営する我々から見れば、お手本を示されているようなものですぞ」

「そうかなぁ? 第二城壁なんて、ここより便利だと思うけど」

「部分的に見ればそうかもしれませんか、領全体としては全くこちらに追い付いてはおりませんぞ。しかもその第二城壁も、ティナ様の発案ではないですか」

「そうですわよ。あちらに見える機能的でありながらも自然と調和した美しい街並みなど、芸術的センスが無ければ発想すら出来ませんわ」

「えっとね、あの…。詳しくは言えないんだけど、あの街並みやお城は、まねっこなんだよ。だから私は褒めないで」

「あら、そうでしたの。ですが、真似したくなるのも分かりますわ。なんだか絵本から抜け出たような、見ていると住みたくなる町ですもの」

「「全面的に同意です!!」」

「そうだよね! 私が大好きな街並みだったから、アルに頼んで作ってもらったの」

「自然と調和した街並みの美しさもさることながら、自然を利用した領の防衛力にも目を見張るものがございますぞ。魔の森を100km以上行軍して500mの高さの山を重装備で踏み越え、やっとの思いで領内に侵入しても船が無ければ町にはたどり着けません。この領が侵略されることなどありえませんな。それはつまり、防衛のための戦力が不要だと言うこと。領主家から見れば、垂涎の領にございますぞティナ様」

「新しい領を作ろうとしたら、魔の森内を開発するのが一番手っ取り早かっただけなんだけどね。しかもそのせいで、空が飛べなきゃ交易すらできないし」

「交易で多くの利を得るうちの領とは真逆ですわね。すべてが領内で完結出来れば、内政だけに注力できますわ」

「そこが大きなデメリットでもあるのよ。この領は拡張することが出来ないから人口増には対応不能。家畜や穀物に病気でも発生したら、外から調達することも難しい。しかも異文化も入って来ないから、発展性が無いのよ」

「……そう聞くと、かなり運営の難しい領ですわね」

「そうなの。だからお手本にはならないかな。この領は、安寧を求める人々がひっそりと暮らす領で、若者向きじゃないんだよ」

「…西部同盟の難民や災害被災者たちが大量に移住してくるかと思ったのですが、かなり難しいですわね。ティナが大量の移民を期待していない理由が、よく分かりましたわ」

「ここはね、子どもを安全に育てられて、いずれは旅立たせる町。戦いや災害なんかで傷付いた心を癒す町。そして人生の最後を、穏やかに迎える町なの」

「なんともティナ様らしい町ですなぁ…。私も引退したら、移住しても良いですかな?」

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