天使に昇格?
ティナがホーエンツォレルン領で悶々としていたころ、シュタインベルク領は活気に満ち溢れていた。
拡張した甜菜畑には葉が生い茂り、綿花畑では淡く黄色い花が咲き始めている。
春蒔き小麦も、あと二か月ほどで収穫だ。
西部同盟への無償物資提供も終わり、乾燥食料が有償での少量販売に切り替わった。
西部同盟はティナが予想した通り上納金徴収軍の兵が居着いたため、シュタインベルクからの小麦や野菜の買い付けも多くなった。
シュタインベルクでは、上納金が無くなったことで余った小麦や、妖精商会の肥料で収穫高が増えた農産物が売れてホクホクだ。
さらにドライジーネの普及に拍車がかかり、ドライジーネ本体とマナポーションの売れ行きもとどまるところを知らない。
なにせ安価なマイカーと携行ガソリン代わり、売れて当然だ。
第二城壁内の全天候型店舗では、オシャレ用品や余暇用の遊具、お菓子などを、収入が上がった住民たちがこぞって買っていた。
他領の商人たちもシュタインベルクでしか手に入らない製品を買い付けに来るため、第二城壁一階は人が途切れることがない。
シュタインベルクの噂を聞いた各地の商人たちの買い付けが増え続けて宿が満員状態になったため、クラウは人を雇って第二城壁内の余っていた部屋を宿にして運営を始めた。
そうなると、次に問題になるのが宿泊客の食事。
第二城壁一階に、領直営の食事処を開店した。
ティナが流した日本食レシピを料理に採用したところ、宿泊客だけでなく多くの住民までもが食べに来るようになった。
上下水道にバス・トイレ完備のきれいな個室宿。
おいしい食事に珍しいものを売る全天候型の商店街。
妖精が警備する安全な都市。
猛威を振るった星の影響病の罹患者を出さなかった領。
西部同盟に食料や燃料だけでなく、星の影響病の特効薬まで無償提供した妖精王国唯一の人の都市。
商人や付き人、荷運び人から話を聞いた貴族や裕福層は、商人を雇って仕入れを口実に同行してまで、妖精都市に泊まり込むようになった。
「爺、商隊以外ほとんど受け入れていないのに、いつからうちは観光地になったの?」
「左様にございますな。この人出は大都市の大通り並みです。外来者が多すぎて対応人員が足りず、春に慌てて求人いたしました」
「難民の方々、全員雇ったのよね?」
「はい。ごく一部、農村での農業を希望された方を除き、八割以上がここで働いております」
「昨年は砂糖の増産や綿花栽培、警備兵関係で五百人も雇い、今年は三百人…。さすがにまずいわね。財政の見直ししなきゃ」
「……黒字です」
「え? 合計八百人も雇い入れたのよ?」
「昨年の五百人、戦闘訓練のために順次魔獣狩りを行っております。おかげで近場の森には魔獣がいなくなりましたが、その素材の売却益がもう人件費以上になりました。今年雇った三百人も、昨月時点で宿や食事処の売り上げだけで二百人分人件費が出ております。さらに商店からの売上税が最低でも倍増する見込み。余った小麦も売れていますし、ここに増産する砂糖と綿製品の売り上げが入ってしまったら……」
「……お祭りでもして、領民に還元すべきね」
「…ティナ様から妖精祭なる企画書を預かっております」
「…秋の収穫に合わせてやりましょう」
「承知いたしました。しかしティナ様の発案、ことごとく大当たりして爺は恐ろしゅうなります。子どもへの無償教育、女性の着飾り、余暇の遊び道具、お菓子の開発。爺は全て疑問視しておりましたが、現状を見ると恥ずかしゅうなりますな」
「あら、無償教育はどのような成果なの?」
「卒業者の就職先から、見習いとして教育する必要が無く、ほとんど即戦力な上に、色々な知識を持っていて業務効率が改善されているとの報告が各所から来ております」
「…わたくし、ティナの発想力が欲しくてどうしたらそうなれるのか聞いたことがあるの。そうしたら『詳しくは言えないけど、自分は知ってただけでズルしてるみたいなもの』ですって。辛そうに話していたから、ひょっとしたらティナは、未来で亡くなって、過去に生まれ変わってきたのかもしれませんね」
「なんですと!? そのような荒唐無稽な事は……なぜでしょう、納得出来てしまいますぞ!?」
「だからわたくしはこう思うことにしたの。ティナは未来で色々な事を体験したのちに生まれ変わり、知っていることをわたくしたちに教えてくれているのだと」
「…全くもってお人好しですな。下手をすればカリアゼス教から悪魔付きと認定されますぞ。それをクラリッサ様や我々のために危険を冒してお教えくださるとは…」
「そうよね。でも、それがティナなの。もっとも、単なるわたくしの妄想なのだけれどね」
「はい。いくらしっくり来ようとも、普通はありえませんな。ですがアル殿のお力を考えると、ティナ様が良い子過ぎてアル殿という天使が生まれなおさせたように感じてしまいます」
「その考え方は納得出来てしまいますね。ですが天がそのことを知れば、ティナとアルさんが罰を受ける。だから隠れ住むように暮らしているのね。爺、この話、他言無用よ」
「承知いたしました。シュタインベルクに大恩ある方、しかもクラリッサ様のご親友を損なうようなことは、爺は絶対致しませんぞ」
「そうよね、ありがとう」
「ティナ。私、妖精から天使に昇格したようです」
「は? なにそれ?」
「他者のプライベートな発言なので、詳しい情報は黙秘します」
「ふ~ん。…大天使アル様!」
「やめやがれください」
「ぶはっ!」
(しかし、天に背いて未来で死んだティナを生き返らせた天使ですか…。的外れなはずなのに、妙に事実と合致している部分が多い事に驚きです。生体ドローンの件でティナも精神的負荷が上がっていますし、タイミング的に天からの警告のようにも感じてしまいます。やはり、生体ドローン軍団などは、止めておいた方がよさそうですね)
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