閑話 王太子殿下執務室にて

ランダン王国の王城、ハルトムートの執務室では、映像会談を終えたハルトムートと、傍に控えていた従者が、しばらく無言で衝撃的だった映像会談の余韻に浸っていた。

やがてハルトムートは、おもむろに従者に話しかけた。


「妖精王国、とんでもないな」

「…私、横で控えていただけで、目まいがしそうでした。殿下はよくお話が出来ましたね」

「システィーナ嬢とは面識もあったし、一度は映像で話もしていたからな。前回のスタンピード殲滅に続き、今回も内容は衝撃的だったがな」

「……あの新首都、本当にあるのでしょうか?」

「あるのだろうな。見合いの折に、見せてくれるようだ」

「間者からの報告にはありませんでした」

「わずか数か月で出来たらしいからな。間者が他の地を廻っている間にで出来しまったということだろう。下手をすると、バンハイムの各領代官すら知らんのではないか」

「……普通新たな首都の建造など、何十年もかかる一大事業。出来上がるころには、ほとんどの国民に話が広がっているはずですが」

「バンハイムの代官すら見たことのない新首都を、外観どころが内部まで見せてくれた。しかも実際に視察させてくれる気らしい。間者の仕事が無くなるな」

「さすがに御所の場所は秘密らしいですが、存在を明かしただけでなく招いていただけるようです。なんというか、情報の探り甲斐のない相手ですね」

「ああ。わずか一時間で1,000kmも移動出来る空飛ぶ船を、お見合いのために貸し出すそうだ。そんなもの、どう考えても国の最高機密だろうに」

「横で聞いていて、まるで神々を相手にしているような気分でしたよ」

「その感想はある意味間違いでは無いな。妖精王国とは超常の者である妖精の国だ。その国から爵位を与えられた人間が先ほどの二人。ただの娘子などであるはずが無い。実際に話してみて、大人どころか優秀な王族並みの思考力を感じたぞ」

「そういえば、王太子殿下は随分と率直な話し方をされていましたね」

「相手が普通の人間なら言葉の駆け引きもするが、あの二人にそんなことをすれば、瞬時に見破られて縁談はご破算だ。それどころか我が国は妖精王国からの信頼を失い、衰退していくだろうな」

「現状維持ではなく衰退ですか?」

「砂糖や綿は仕入れられなくなり、国民はこの国を逃げ出すぞ」

「砂糖や綿は以前に戻るだけでは?」

「入って来んよ。シュタインベルクやバンハイムで安く栽培されているのに、わざわざ海外から高額な輸送量を支払って経過時間で劣化した品を運んで来る者がいるか?」

「…いないでしょうね。国民流出の理由はなぜですか?」

「生活水準と治安だ。井戸へ水を汲みに行くこと無くきれいな水がいつでも使え、汚水の処理も不要で嫌な臭いもしない。小麦も安く手に入り、砂糖や綿製品まで格安だ。しかも魔獣に怯えることもなければ、若い女性でもひとりで出歩ける治安の良さ。横暴な貴族など影すら見えん。そんな国が隣にあるのだぞ。住みたくはならんか?」

「現実味があり過ぎて恐ろしいです」

「今はまだ、うちの国民は隣国がそのような状態だとは知らん。だが時間の経過とともに知れ渡るのは目に見えている。だから我々は、何としてでも妖精王国の信頼を得て、その力による恩恵を国内に広めていかねばならんのだ」

「…まずいですね。砂糖と綿製品の原料となる植物の種を入手するよう、間者に要請してしまいました」

「おそらく大丈夫だ。それどころか、欲しいと頼めばくれるのではないか?」

「そんなことをすれば、バンハイムの優位性が無くなりますよ!?」

「無くならんよ。たとえ種を手に入れてこちらで栽培に成功しても、おそらく妖精王国は何も言わん」

「どういうことですか?」

「どこで栽培する気だ?」

「それは今ある畑の一部を使って…。使ってしまったら小麦の生産量がさらに落ち、バンハイムから仕入れるしかありませんね」

「そうなるな。せっかく旧バンハイム王国の東部穀倉地帯を手に入れて、何とか小麦が自給出来そうなのに、またバンハイムを頼るしか無くなるぞ」

「…もう、大きな金鉱でも見つからないと、やっていけそうにありませんね」

「たとえ大きな金鉱が見つかっても、意味は無いのだ」

「なぜですか? 金を売れば食料も手に入ります」

「バンハイムの新たな流通硬貨を見ただろう。国中で旧硬貨から新硬貨との交換を受けているのだぞ? つまり国中にある旧硬貨を新硬貨に替えるだけの貴金属があるのだ。各種金属の大きな鉱山が無ければ出来はしない。しかも旧硬貨は鋳つぶして再利用出来る。金を誰が買ってくれるのだ?」

「我が国、詰みかけてませんか?」

「いいや。システィーナ嬢はちゃんと助け船を出していたぞ。妖精は自然の一部。うまく付き合えば多大な恩恵が得られると」

「まさかあの発言、こちらを牽制したのではなく、活路を示そうとしていた?」

「すごいよな。活路どころか、うまく妖精と付き合う方法まで教えてくれた。おそらく私の立場を慮って、悩みを減らそうとしてくれたのだ。もう頭が上がらんよ」

「なぜそこまでしてくれるのでしょう?」

「うちの国民にも幸せになって欲しいからだ。そのために我が国でのスタンピードを殲滅し、友好が深まるように弟とクラリッサ嬢の仲を取り持とうと、飛空艇まで貸し出して助力してくれる」

「……天使か何かですかね?」

「言っただろう? 神々を相手にしているような気分は、間違いではないと」

「…私の直感って、案外当たるんですかね?」

「そうかもな。私が誠実さを演じていることすら、バレてるぞと示されたからな。もう、相手が天使だから話術で敵わなくて当然とでも思いたい」

「は? そんな話、ありましたか?」

「私が言葉を崩してくれと頼んだが、クラリッサ嬢は自然な言葉遣いだったのに、システィーナ嬢は丁寧語が入り混じっていただろう?」

「はい、あれは殿下の願いに対して、苦労して素を出そうとして出し切れなかっただけでは?」

「違うな。過去に二回システィーナ嬢と話したが、いずれも言葉に違和感は無かった。おそらく今回は素を出し切れないふりで、警戒してるから素は出せませんと伝えて来たのだ」

「なんですかそれ? 私は殿下の従者として、そんな会話を理解しなきゃいけないんですか?」

「いや、不要だ。おそらくシスティーナ嬢は、素で話せば素で返してくれる。裏読みは必要ない」

「…なんだかホーエンツォレルン公爵への殿下の信頼度が、すごいことになってませんか?」

「当たり前だ。我が国は旧バンハイム王国を侵略して東部を奪ったのだぞ。バンハイムは妖精王国の属国になったが、妖精王陛下の代理であるシスティーナ嬢は、十万の魔獣を殲滅する力を持ちながら、奪還どころか返せとさえ言ってこない。そればかりか、私が妖精王国との融和策でシュタインベルクに弟の婿入りを打診していることが分かっているはずなのに、大切な友人の将来のためだからと空飛ぶ船まで貸し出し、妖精との付き合い方まで伝授された。そして、誠実さを演出してもバレてるとまで指摘され、今後はやめた方がいいぞと忠告してもらったのだ。もう何ひとつとして敵う気がせん」

「……私は殿下の思考力を尊敬しているのですが、思考力があり過ぎるのも考え物ですね」

「お前、やっぱり直観力は優れているぞ。私も自分の思考力が恨めしくなった」

「……なんかすみません」

「…」

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