第二期移民受け入れと大遠足

帝国の派兵情報から一か月、帝国は未だに兵を招集していなかった。

派兵賛成派が次々と同一の症状で倒れたため、何らかの祟りではないかと恐れられ、派兵気運は冷や水を浴びせられたように沈静化していった。


これには、デミ・ヒューマンたちの活躍も大きく貢献している。

アルとティナがデミ・ヒューマンたちの実地研修の場を帝国の帝都に選び、研修項目に教会での懺悔を追加した。

懺悔の内容は、他国への侵攻を決定した主が急な病に倒れ、賛同した者たちも次々と同じ症状で倒れて行く。

自分はただの新米小間使いだが、主の病状は悲惨な状態。そんな主に仕えてしまったが、主のようにならないためにはどうすればよいかと告解したのだ。


教会での懺悔は告解室で行われ、告解者の素性は詮索されないので素性を隠すのに都合がいい。

普通なら懺悔しても内容は秘匿されるが、ティナがいた修道院の事でも分かるように、帝国での教会と貴族の関係はズブズブだ。

なにしろ帝国の教会は、皇帝を亜神として扱うような、皇帝の権力補強組織に近い存在なのだから。

つまり帝都の複数の教会で同じような告解があれば、当たり前のように皇帝や上位貴族に伝わっていく。


告解内容が派兵を支持した者たちへの天罰を想起させるような内容だったため、必然的に派兵と奇病が結びつく。

科学的根拠の無い迷信が堂々と幅を利かせる今のご時世なら、超常の力を恐れて当たり前だ。


小麦の収穫減などより我が身が大事。

貴族たちから派兵の声が上がることは無くなった。


アルはドローン数機での毒物投与とデミ・ヒューマンによる告解だけで派兵を断念させた成果に感心したが、ティナは活動拠点づくりと装備充足の猶予が出来た程度にしか捉えてはいなかった。

どうせ帝国はまた何かやらかすはずだと思っていたし、ティナの仕事は山積みなのだから。


ハルシュタットの町に三千五百人もの移民を受け入れ、その動向を見て馴染ませるためのプラン作成と修正。第一期移住者たちとの融和策策定。

一気に増えた属領内の動向監視と、指示決定。通達違反者や犯罪者取り締まりと罪科決定。

各代官との協議によるランダン王国への方針策定。

各領への追加支援内容想定と波及効果予測。

ティナは阿呆な帝国の動向など、気にする余裕が無かったのである。


だが、ティナとアルが頑張ったおかげで、ハルシュタットは町として機能し始めた。

そしてバンハイム地方は、食糧事情と治安が格段に良くなった。


バンハイム南部の耕作放棄地はドローによって春小麦が蒔かれ、アル製肥料のおかげですくすくと成長している。

北部は乾燥食料によって住民の栄養状態が改善し、ライ麦畑も格段に増えたので住民の表情は明るい。

西部では水害被害も完全に復旧し、他の災害危険個所の補修強化まで出来ている。

シュタインベルクは多くの移民を受け入れ、既存製品の製造力強化と、新たに酪農事業にも着手した。


属領各地では、姿を見せたドローンによる巡回警備で、魔獣被害と犯罪発生率が急減少。

属領化する前とは、比較にならないほど安全性が上がっていた。



初夏を迎えたホーエンツォレルン領では、ティナが年長の子どもたちとデミ・ヒューマンたちを引き連れ、大規模な遠足を敢行していた。


総人数が五百人を超える大遠足。

現代日本ならあり得る光景だが、この世界ではあり得ない規模の遠足だ。


養鶏場で卵を収穫したり牧場で牛乳絞りを体験して、草原でお弁当を食べる。

食休み後に近くの森でウサギや鳥を観察し、丘陵地で草滑り。

なんてことの無い内容だが、子どもたちは大興奮だ。


五百人もの子どもたちが一度に集まって遊ぶなど、この世界ではありえない。

その大勢の子どもたちが、同じ作業を体験して同じものを見て一緒に食事し、みんなで遊ぶ。

そして最後は、屋形船での遊覧飛行でハルシュタットに帰る。


第二期の移住者たちはダーナのフロントデッキでに乗せられて移住して来ているが、フロントデッキには窓が無いため、空を飛んだ感覚は無い。

従って、遊覧飛行で子どもたちは大はしゃぎだ。

きっと今晩は、寝付きがいいことだろう。


ティナがこの大遠足を企画したのは、子どもたちの友達作りのため。

第一期に移住した子どもたちは孤児院育ちな上にホテルで共同生活していたために皆が顔見知りだが、第二期移住の子どもたちは、西部同盟のあちこちいた難民が集まって来ている。

従って、小集団内でしか知り合いがいない。


各小集団や孤児集団内だけの狭い交友関係にならないようにと、ティナが企画したのがこの大遠足だ。

しかも子どもたちは全員が学舎への入学を予定しているため、事前顔合わせの意味もあった。

草滑りや屋形船でのはしゃぎっぷりを見るに、十分思惑は成功しているようだ。

ただ、ティナが昼食時に『友達五百人作れよー』と言っていたが、さすがにそれは無茶振りだろう。

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