デミちゃん、怒る

シャルト共和国の首都ルーデでは、国主を務めるデミヒューマン二世代目のアンネリースが、南に隣接する商業国カユタヤの使節団と面談していた。


これまで帝国との取引で大きな利益を上げていたカユタヤは、帝国が占領されて妖精王国なる正体不明な国家の属国になったことは認識していた。

しかし、新たな国になっても住まう国民は同じ。

当然今までのように商品が売れるはずだと、使節団を仕立てて取引の契約に来たのである。


「遠い所をようこそいらっしゃいました。わたくし、シャルト共和国の国主を務めます、アンネリース・ホーエンツォレルンと申します。以後お見知りおきください」

「これはご丁寧に。私はこの使節団を率います、バルド・ガローニと申します。我が国では、帝国方面の商いを任されておりますので、今後ともよろしくお願いいたします」


アンネリースは客間に入った折、アンネリースの容姿を見て驚いた表情を浮かべた使節団に、商人としての評価を一段下げていた。

そして使節団の長であるバルドが『帝国方面』と言ったことで、アンネリースはさらに一段相手の評価を下げた。


一流の商人であれば相手を見て驚いたとしても表情には表さないだろうし、ましてや新興国に対して以前の俗称を使うなどありえない無礼だ。

現時点でのアンネリースの出した評価は『取引をしたい相手ではない』だ。


アンネリースは国主就任にあたり、帝国時代の主要な取引も調べていた。

それによると、商業国カユタヤとの取引は、対等とは言い難いものだった。

輸入していたのは塩や砂糖、香辛料、布製品が主な取引だったが、どれもカユタヤより倍以上の値段での買取。

対して輸出していたのは小麦。

こちらは輸入商品の代金の一部を相殺する形で支払われていたが、国内での流通価格よりやや安く取引されていた。


「それで、ご来訪の目的は商取引の締結とお聞きしましたが、どのような内容でしょうか?」

「ああ、決して難しいお話ではございません。この国に住まう方々が必要とされている品を、以前と同じ適正価格で届けさせていただくつもりです」

「そういったお話ですと、承服出来ません。なにせ我が国は妖精王国から支援を受けていますので、以前帝国があなた方と取引していた額の一割ほどで同量の品が手に入りますから」

「は?………これはまた御冗談を。そのような金額では、決して手に入りません。ひょっとして、騙されてはいませんか?」

「すでに何度も入荷しており、代金も支払い済みですが?」

「そんなはずありません! あなたがお若すぎて、騙されておるのです!」

「ずいぶんな物言いだな。わたくしは宗主国たる妖精王国の命で、ここの国主を務めている。あなた方は、宗主国を詐欺師呼ばわりする気か!?」

「い、いえ、決してそのようなつもりでは…」

「ならばどういうおつもりか? 返答によっては、無事には帰れんぞ!」

「そ、そんな…」

「以前あった愚かな帝国には倍以上の価格で売り付けられても、生産国をも属国に持つ妖精王国に、そのような世迷言は通用しません。さあ、ご返答を」

「なっ!? 生産国が属国!?」

「返答は?」

「そ、そんなことは決して……」

「わたくしの事を、隣国の市場調査もしない愚かな国主だと思っていたようですね。しかも、この国の人々のためにと輸送費無しで商品を提供してくれた妖精王国を詐欺師扱いとは。兵よ! この者たちを監視し、決して部屋から出すな!!」


アンネリースの言葉と共に、室内になだれ込む兵たち。

殺気立った兵に囲まれた使節団一行は、真っ青になった。


兵が殺気立っていたのは、アンネリースの怒りが原因だ。

デミ・ヒューマンであるアンネリースは、国主着任以来怒ったことが無かった。

大量の仕事を淡々とこなし、理不尽には冷静に正論で返すが、愚痴さえ吐かなかったのだ。


アンネリースが仕事を進めて行くうちに、物価は安くなり、治安も良くなり、税も半減。そして貴族の横暴に怯えることなく、仕事をした分きちんと評価される。

占領されて最初どうなるか不安だった兵たちも、アンネリースや、アンネリースを派遣してくれた妖精王国に、多大な感謝をするようになっていた。


そんなアンネリースが声を荒げて怒ったのだ。

使節団の無礼がどれほどひどかったのかと、会話内容を知らぬ兵たちも、アンネリースの表情を見て察してしまった。


だが、アンネリースが怒ったのは、実は私情に近い。

ティナが住民たちのためにと安価で物資を用意したのに、それを詐欺扱いされたことで、アンネリースの怒りが容易に沸点を超えてしまったのだった。


デミ・ヒューマンたちにとってのティナは、敬愛する女神のような存在。

ティナが貶められれば、怒るのが当たり前なのだ。


妖精王国の好意が実はティナの好意だと認識しているデミ・ヒューマンだからこそ怒ったのだが、幸いなことに、対外的には宗主国を貶されて怒ったように見える。


私情で使節団を拘束したとなれば一国の国主としてはかなりまずい行動だが、宗主国を貶されたなら国主として怒らねば立場が無い。


報告を受けたティナはアンネリースの私的な行動に冷や汗を掻いたが、国主としての行動と見れば正解となってしまう。

しかも怒った理由が、ティナ自身を貶されたと感じたからだと正直に告げられた。


ティナは叱るに叱れず悩んだ末、ティナ自身を特別扱いしないように、デミヒューマン全員に頼んだ。


ただ、ティナは怒ってはいなかったが、使節団は軟禁状態にしてカユタヤに抗議の使者を出すというアルの提案には、頷かざるをえなかった。

アルからきちんとした外交的な対応だと言われれば、実際その通りなので反対出来なかったのだ。

たとえ、アルも私情で怒ってる気がすると気付いていたとしても。


この件でデミ・ヒューマンたちのプライベート通信が活発化して、ティナを貶められたら表面上は冷静な対応を取りつつ、ティナに迷惑が掛からないように相手に報復する内容を協議・決定することになった。

アルは当然気付いたが、デミ・ヒューマンのプライベート通信を理由に、ティナに伝えることは無かった。

しかも、アルまでその協議にちゃっかり参加していた。



後日、バルドが儲けようとした個人的暴走として、使節団を派遣したカユタヤからの公式な謝罪と、バルド個人が多額の謝罪金を支払うことで決着がついた。

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