閑話 平民が、貴族以上の暮らしをしていた

視察ツアーの翌日、アガッツィ男爵の屋敷では、ツアー参加者の主だった者が集まって意見交換を始めていた。

本来は昨晩に行う予定だったが、皆が驚き疲れて正常な判断が出来ないだろうと、翌日に持ち越したのだった。


「皆、昨日はご苦労だった。一晩寝て、少しは目が覚めたか?」

「昨日よりはましになりましたが、昨日の出来事が夢であればと願ってしまいそうです」

「ほう。超人と名高い我が家の騎士団長の意見とは思えんな」

「おやめください。超人などと呼ばれては、恥ずかしくて死にたくなります」

「ずいぶんと謙虚だな。昨日会った者たちの、強さは測れたか?」

「おおよそは。まずは最初に訪れた、東都と呼ばれる属領です。城で会った伯爵は、鍛えられた軍人のようでした」

「私の感想と一致するな。言葉は分からなかったが、軍人独特のきびきびした動作だったな」

「東都はまだ常識の範囲内です。規模ははるかに大きかったですが、我らが領と同じような立ち位置なのでしょう。ですが、兵の数が町の規模に対して少なく感じました」

「そうだな。魔の森に隣接していないとはいえ、あの兵の数では町を守り切れんだろう。だが、町中を巡回している機械妖精が見えた。機械妖精と少数の兵で、あの大きな町を守護出来るということなのだろうな」

「領境での帝国軍撃退の折、機械妖精が閃光を放って敵を威嚇していたとの報告がありましたが、あちこちで地面の一部が溶けていたそうです」

「恐ろしいほどの熱なのであろうな。人など、当たったらひとたまりも無いぞ」

「恐ろしい存在ですが、今は味方側。帝国軍全軍を相手取るなら、これほど心強い味方はありません」

「そうだな。で、其方がそれほど謙虚になった理由はなんだ?」

「自治領のシュタインベルクです。謁見の間で対面した者すべて、私よりはるかに強いかと」

「なんだと!? すべてとはどういうことだ!?」

「ご領主の少女、執事殿、左右に控えていたメイド二名は、確実に私より強い気を放っていました。壁際に控える兵すら、私と同等かそれ以上でした」

「馬鹿な!?」

「帯剣を許したままの謁見が、その証左かと。冷や汗が止まりませんでしたよ」

「…それほどか」

「特に赤毛のメイド。死与虎クラスの気配を感じました」

「死与虎だと!?」

「あとで通された執務室に、死与虎の毛皮が飾られておりました」

「あれが死与虎だったのか!?」

「あの特徴的な模様、まず間違いないかと。私では逃げることしか出来なかった死与虎が、毛皮になって飾られていたのです。衝撃的でしたよ」

「……とんでもない領だな」

「さらに恐ろしかったのが、ホーエンツォレルン公爵です。最初は一般人のように感じたのですが、我々と一緒に移動する折、スピードを合わせるために宙を滑るように魔法を使っておりました。その際感じた気配は、死与虎が可愛く思えるほどでした」

「あの幼女がか!? 信じられんぞ!?」

「私の知る限り、魔法で宙を移動できる人間はおりません。たとえ魔獣狩人の超越者であってもです」

「……其方が謙虚になった理由、よく理解出来た」

「蛇足かもしれませんが、アルフレート殿を始めホーエンツォレルン領の家人たちは皆、一流の武芸者と思われます。こちらの動きに対する反応速度が、異常に速い」

「……分かった。では文官長よ、文官としての意見はどうか?」

「東都は、規模は国の首都にも匹敵するほどの規模でしたが、帝都と比べれば小さいです。ですがあの大きさがただの属領というのは驚異的でした」

「そうよな。元は一国の首都であったと説明されたが、一国を丸々臣従させてしまう妖精王国がすごいのであろうな」

「そこまでは何とか想定内だったのですが、シュタインベルクには度肝を抜かれました。城壁内に細い通路が通っているのは見たことがございますが、あれではまるで、城壁内が町になっているようではないですか」

「場所が寒冷地なために積雪を考慮した城壁になっていると説明されたが、雨や嵐でも買い物が出来るのは便利だな」

「除雪の手間が無いのは、素晴らしい領費削減効果があります。それとあの第二城壁、二階以上が住居になっているそうですが、各部屋にきれいな水が常時給水されているらしいのです」

「…住んでいるのは貴族か?」

「一般の平民だそうです」

「平民が、部屋にいながらいつでもきれいな水を使えるだと?」

「あの巨大な水車で水を屋上に汲み上げ、浄化して各部屋に送っており、湯船まであるそうです」

「平民が湯浴み出来るのか!?」

「沸かす手間はありますが、毎日入れるそうです」

「平民が帝国貴族以上の暮らしをしておるではないか!」

「さらには砂糖と綿製品を生産しており、平民の収入も妖精王国に所属する前の四倍以上になっていると。税は三割ですが、単純計算なら入って来る税は十二倍になっていることになります」

「私も感じた。他領の領主が悔しさで頭を掻きむしるだろうとな」

「その結果が一国丸ごとの臣従かと。属領は妖精王国所属になって半年くらいで、現在は砂糖と綿の原料を増産するために、畑を増やしているそうです」

「…それは、数年もすれば属領もシュタインベルクのようになるということか?」

「そうかもしれません」

「…ホーエンツォレルン領は、移民受け入れが始まって間が無いと言っていたな。あそこもそうなるのか?」

「すでに街並みは出来上がり、きれいな水も各家に給水済み。畑や家畜も住民数に合わせて増産していく予定だそうです。しかも移民たちは、一年間衣食住が保証されているとのことでした」

「なんだそのありえない優遇は!」

「領地が魔の森の中にあるために、移住者を優遇しているようです」

「あの町は山に囲まれ、さらに湖で守られておるでは無いか! 我が領とは、比べ物にならん安全性だぞ!」

「あそこは妖精王国の直轄領なので、妖精王国基準だとそうなるらしいのです」

「……我が領の未来は、一体どうなってしまうのだ?」

「妖精王国の信を得れば、シュタインベルク並みにはなれるかもしれません」

「…私は、ホーエンツォレルン領への移住を蹴ってしまったぞ」

「ここの住民が土地に愛着を持っているので仕方ございません。視察で得た情報通りなら、悪くなることは無いように思います」

「…シュタインベルクで見た住民たちの表情は、領主としては衝撃的だった。たとえ代官になったとしても、領民にあのような表情をさせたいものよ」

「どこまでも、お供させていただきます」

「ああ、頼むぞ」

「「はい!」」

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