インフル流行

シュタインベルク領主館の私室で眠っていたティナは、アルからの通信で起こされた。


【ティナ、緊急事態です。起きてください】

「んぁ?……えっと、なに?」

【西部同盟の中部で、人からインフルエンザウイルスが相当数検出されました】

「うわ、目が覚めた! クラウたちは?」

【もう起きていて、今朝食中です】

「着替えてすぐ執務室に行くわ。クラウたちにも執務室に集まるように連絡して」

【了解です】


ティナは慌てて服を着替え、執務室に走った。

クラウとアルノルトもアルからの通報を受け、朝食を中断して執務室に集まった。


「アル殿、食堂で話せぬ緊急事態とは?」

「インフルエンザウイルス、こちら風に言えば、星の影響病が、西部同盟の中部で広がっています」

「一昨年と同じ型?」

「一昨年の変異種のようですね。感染力が14%、致死性は21%も上がっています」

「まずいわね。二年も経ってたら、抗体なんか無くなってるよね?」

「最大でも半年が限界ですからね」

「特効薬は?」

「すでに生産開始していますが、一日に五十本が限界です」

「クラウ、一昨年より死亡率の高い星の影響病が西部同盟ではやり始めてるの。特効薬は一日に五十本しか作れない。どうすべき?」

「……以前わたくしたちがいただいた、あの薬ですか?」

「うん、そう。でも日産五十本じゃ、シュタインベルク領だけでも足りない可能性があるわ」

「あのお薬は、罹ってからでも効きますよね?」

「それは大丈夫です。死亡直前でもなければ回復可能です」

「そのお薬をアルさんは提供していただけるのですね?」

「ティナ、提供しますよね?」

「当然よ。ただ、一日五十本しか作れない。アル、この領への感染波及予測日数は?」

「流入する商人次第で大幅に変動しますから、予測不能です」

「アルさん、最近の商人入国数は分かりますか?」

「商人、護衛、使用人で、一日平均十二名です。こちらからの出国も、ほぼ同数です」

「ありがとうございます。商人の出入りを、懇意の者と領内の商人だけに制限しましょう。国境の関所にはお薬を配備して、その場で飲んでもらう。アルノルト、これでどうかしら?」

「懇意の線引きが難しくはございますが、そうするしかありませんか。ですが、西部同盟の各領主家にも、数本は配布すべきかと」

「それだと各領主家の家人に恨まれない? 商人たちには飲ませて貴族には少量しか渡さないのかって言って来るよ」

「お恥ずかしい、そこまで考えておりませんでした」

「…国境を閉鎖しましょう。この時期に出入りする商人は、砂糖と魔獣素材の買い付けだけ。うちの商人は出ていないはずよね?」

「商人ではありませんが、戻っていない領民が六人います」

「おそらく伯爵領から嫁いだり移住して来た者が、冬の農閑期で実家に帰っているのでしょうな。どう対応したものか…」

「感染予防のために難民キャンプの学舎を閉鎖して、学舎を隔離施設に使ったら? 兵を付けて外出禁止にすれば、五日で感染の有無は判断出来るはずだから」

「その方法なら、今まで通り受け入れられますか?」

「それは危ないかも。収容人員多すぎて、感染者がいたら隔離施設で一気に広まっちゃう」

「提案ですが、隔離施設で提供する飲料水に、こっそり薬を混ぜませんか? それなら商人たちに薬を提供したことにはなりませんから、他家から非難を受けることも無いでしょう」

「お。アル、言い手だね」

「以前整腸剤をこっそり与える時に、ティナがやっていたことです」

「ああ、そういえばやってたね」

「…五日間の隔離を受け入れる者のみ入国を許可すれば、国境封鎖ほどの影響はありませんな」

「その手はいいね。それと、援助物資に感染予防対策のビラと特効薬も入れて各領主家に本数限定で配れば、統治機能は維持出来そうだし」

「ビラを配っても識字率が問題ですぞ」

「分かりやすい絵にすればいいよ。アル、ビラ作りは可能?」

「絵さえいただけば、一時間ほどで一万枚は用意出来ます」

「…私が書くよ。兵士さんが感染したら大変だから、とりあえず国境警備と支援物資輸送の兵士さんに優先的に薬飲んでもらって、徐々に兵士さんの服薬率上げてく感じかな。クラウ、どうかな?」

「現状出来る手立てとしては良いと思います。アルノルトは何かある?」

「人との対応や折衝が多い文官にも、薬を優先すべきでしょうな。もちろんクラリッサ様が最優先です」

「わたくしは国外には出ませんから、発症したらで構いません。第一は国境警備と物資輸送、隔離施設の兵、次が他国と接触する文官、その次は隔離施設です。本数が少ないのよ、優先順位を間違わないで」

「なんともご立派になられて…」

「それは今はいいから。明日から入国者の隔離を始めます。アルノルト、すぐに手配なさい」

「承知いたしました。クラリッサ様はベルノルトにご連絡をお願いいたします」


アルノルトは一礼して執務室を駆け出して行き、ティナは、感染予防の絵を描きに自室に戻った。


「ふぅ。妖精王国所属と言うのが、これほど心強いとは…。ティナとアルさんは、たった二人で食糧難のバンハイム西部地域を支え、燃料不足も解消してしまいました。そして今回は、星の影響病の特効薬を一日五十本も提供してしまう。アルさんの生産能力が大きいように見えますが、ティナの計画立案能力が無ければ、今のシュタインベルクはありえません。あの二人のコンビは、もはや世界最強ですわ」


アルは執務室の音声をモニターしていてクラウの独白を聞き、クラウの分析能力に驚いた。

アル自身、自分の能力はティナに使われてこそ真価が発揮出来ると考えていたし、ティナの思考は自分の演算結果より良い結果をもたらすことが多い。

アルは、クラウがティナを正当に評価してくれていることがうれしかった。


二日後、検疫体制を大急ぎで構築した国境の関所は、なぜか想定していた混乱が起きなかった。

入国しようとする商人は、検疫のための一時隔離を素直に受け入れたのだ。


理由は単純。

入国を拒否されるより、たとえ五日隔離されても、商品が手に入った方が得だからだ。

しかも隔離中の食事はシュタインベルク持ちで、毎日医師が診察までしてくれる。

五日発症せずに過ごせれば、自分たちは星の影響病に罹っていないのだと安心出来る。


さらに、これほどの検疫体制をとるシュタインベルク領内なら、罹患する確率がほとんど無い。

万一罹患したとしても、妖精の加護があるシュタインベルクなら、他よりよほど手厚い治療が受けられそうだ。

商人たちは、自分の命という利益を優先した。


商人たちは非常に協力的だとの報告書を読んだクラウは、商人たちの考えに気付かず、アルノルトと二人で拍子抜けしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る