バンハイム王国崩壊

シュタインベルクは一時期の慌ただしさを乗り越え、領主館には安堵の空気が漂っていた。

急遽雇用した新人たちの教育も、雪による屋外作業の休止で時間に余裕が出来、指揮系統も定着しつつあった。

難民キャンプの避難民たちも、屋外作業が無くなったことで、キャンプ内の臨時学舎に参加して日中の暇をつぶしていた。


そしてティナは、学舎で子どもたちに文字や計算を教えていた。

例によっておやつ付きな上に常時暖房されているので、子どもたちだけでなく、親まで大半が出席している。

また、領都から職人が派遣されて来てものづくりを教え、春からの就職に向けた職業訓練も行っている。


一方バンハイム王都では、近隣から集められた兵たちが悲惨な状況に陥っていた。

急に三倍にも膨れ上がった王都の兵士数に、兵舎はすし詰め状態。

さらに薪節約のために、暖房も最低限で食糧事情もよろしくない。

兵の不満は高まるばかりだ。


バンハイム東部地域はランダン王国に占領され、南部地域は領主家を自国が滅ぼしてしまったために多くの農民が難民化。

北部地域は寒く、荒れ地が多くて食料生産には向いていない。

西部地域は上納金を払わず敵対している。

王都周辺にはそれほど広大な農地は無い。

今後のバンハイム王都の食料自給は、悲惨な状況しか予測出来ない。


先細る未来に兵はストレスを溜め、住民たちは値上がりしていく食料に不安が募るばかり。

兵と住民の不満は、いつ爆発してもおかしくない状況だった。

そして――


【ティナ、バンハイムの王族と中央貴族が、襲撃によって殺害されました】

「ありゃ、夏どころか春までも持たなかったか。しかも失脚じゃなくて殺害されたんだ」

【王家主催のパーティーに多くの兵と住民が乱入し、ほとんどの者が殺害されました】

「……は? パーティー?」

【はい、王家主催の王城でのパーティーです】

「あ、ほ、か!! 今のバンハイム王都の状況でパーティーって、ありえないでしょ!?」

【ティナの予想をここまで外すとは。バンハイム王家、ある意味すごいですね】

「……仮にも一国の政治的中枢でしょ。頭使う人たちだっていたはずよ?」

【一部の官僚は、職を辞して家族と共に王都を脱したようです】

「うわぁ、実務担当のまともな人たちから匙投げられちゃったんだ…。でも、冬場に王都脱出って、大丈夫なの?」

【すべての者を監視出来たわけではありませんが、近隣の村などに避難していますね】

「ああ、事前に隠れ家とか準備してたのかも。…この情報、早いとこクラウ経由で西部同盟に流した方がいいね」

【了解です。クラウに連絡を入れます】


アルから情報を聞いたクラウは、アルに頼んですぐさま西部同盟に情報を伝えた。

対応策は西部同盟が考えるべきことだからだ。


「改めてご領主様のご英断に感謝を。バンハイムを見限って妖精王国に所属しておらねば、シュタインベルクは今頃どうなっていたことか」

「何言ってるのよ。あなたたちと話し合って決めたことじゃない」

「それでもです。今の西部同盟の状況を見れば、旧シュタインベルク領のままでは、対応など出来ませんぞ。難民と共に食料不足と燃料不足にあえぎ、多くの死者を出していたことでしょう」

「それはわたくしも考えたわ。バンハイムに多くの食料を取られ、伯爵領に出兵の費用を払っていれば、食料も財政もガタガタなところで今回の騒動に巻き込まれていた。考えただけで背筋が凍るわ」

「はい。実際は、秋の小麦収穫は妖精商会の肥料と新都の畑で二割増し。バンハイムへの上納金も無い上に、砂糖やポーション、魔獣素材の売り上げで財政は潤沢。しかも第二城壁内部での生活で、暖房用の薪の使用量もかなり軽減されております。これだけでも天と地ほどの差がございますに、アル殿が拠出してくださる難民への援助物資で、西部同盟にとってシュタインベルクは無くてはならぬ存在となりました。クラリッサ様が歩んで来られた結果がこの栄華かと思うと、もう爺は嬉しゅうて嬉しゅうて……」

「ちょっと、泣かないでよ。全部みんなで頑張った結果じゃない。それに、まだまだティナやアルさんに頼ってる部分が大きいわ。せめて平常時は、シュタインベルク家だけで今の栄華を保ったままこの領を運営して、初めてわたくしたちは領主家だと胸を張れるのよ」

「左様にございますな。シュタインベルク家家臣一同、クラリッサ様と共に、胸を張れる領主家となることを誓いますぞ」

「ありがとう。わたくし一人では無理だから、これからも大いに頼らせてね」

「はい、精一杯おづどめざぜでいだだきまず。お嬢ざまがこれほどごりっばになられで、じいは、じいは……」

「また泣いてる……」


じじいの泣き顔などクラウは見たくない。

クラウの嘆息と共に、シュタインベルクの夜は深まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る