新生シュタインベルク、急速に発展 1/2
クラウの新生シュタインベルク自治領樹立宣言から一か月、十月に入って妖精貨という新硬貨が導入された。
ティナが『妖精王国なのにバンハイムのぼろいお金を使うのは嫌だ』とぼやいたため、アルが新硬貨を作ったのだ。
いつの間にかアルは、貨幣を発行出来るほどの貴金属をストックしていた。
新しく発行された硬貨は、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨の五種類。
食料価格から見たティナの感覚では銅貨が百円くらいなのだが、大量生産も無く物流も貧弱な世界での物価なので、実際の価値はもっと高いだろう。
例えばパン一個が銅貨一枚ならティナの感覚では百円程度だが、下働きなどの低賃金を基準にすると、千円近い金額になってしまう。
基準がうまく決められなかったので、金属自体の価値で十進法で上位硬貨になるように、含有率と大きさが変えてある。
新たな通貨単位は『F(フェアリー)』銅貨が10F(フェアリー)だ。
10F未満の商品など無いので、1Fの硬貨は無い。
デザインは片面がシュタインベルク家の紋章で統一され、反対面は浮彫の数字を妖精がロッドで示している。
妖精の浮彫は、額面が高くなるにつれて容姿が大人びていく。
金貨の妖精は、まるで妖精の王女のように麗美だ。
対して銅貨のデザインは三頭身の可愛い妖精なので、子どもたちに大うけした。
手作業の歪な打刻硬貨と、まっさらで歪みの無いきれいなプレス硬貨。旧貨同様に使えるなら、取り替えたくなるのは当然だ。
領主館でバンハイム通貨と引き換えを始めたのだが、予想以上の住民が詰めかけ、対応に大わらわとなった。
領都機能を移転して旧領主館から家臣が七人移住して来ていたため、何とか対応出来た。
十月には甜菜も収穫された。
甜菜は川に設置された檻箱付きの大型水車で洗われ、すぐ横に建つ砂糖精製工場に運ばれる。
工場では女性陣が千切りピーラーで甜菜を千切りにし、浴槽のような場所のお湯に浸ける。
二時間後、槽の下部から布フィルターを介して寸胴鍋に液体を移し、寸胴鍋を木炭竈で加熱。アク取りしながら煮詰め続け、固まるまで煮詰める。
これだと砂糖の結晶と糖蜜が分離していないので茶色いが、設備の技術レベルと手作業での製造を考慮した結果、このまま販売することにした。
出来上がった砂糖の一部は雇われて作業した人々に配られ、大変好評だった。
残りの砂糖は商人たちが高額で買ったが、量が多すぎて商人の購入資金が足りず、半分が領の在庫になった。
売価はバンハイムから入ってくる黒砂糖の半額だったのだが、それでも領の財政はたっぷりと潤った。
黒砂糖自体が輸入品で高額だったため、半額でも大層な売上金額になったのだ。
まあ売れなかったとしても、妖精貨はたっぷりとあるのだが。
旧領主館の執務室には、机の端にランタンが置かれた。
六角形のガーデンハウスを妖精サイズにして少し縦長にしたような形状で、全面がアーチ型ステンドグラス窓になっている。
このランタン、中は普通のオイルランタンなのだが、ティナは城塞都市との連絡用妖精ランタンと言って旧都に送った。
ランタンを灯すとステンドグラスに妖精のシルエットが現れ、城塞都市の執務室と繋がり、執務机に着くクラウが映し出されて会話が出来る。
クラウが不在だったり執務室にお客がいたりすると妖精のシルエットは表示されず、新都の執務室には繋がらない。
実際はドローンがすべてやっているのだが、旧都執務室に常駐するドローンの存在をバレにくくするために、ティナがありふれたランタンの形状を選択した。
この世界初の、ランタン型3Dホログラム通信機(嘘)である。
そんなランタン経由(みなはそう信じてる)で旧都にリアルタイムの指示が出来るようになり、旧シュタインベルク領の統治能力は急速に回復していった。
各町と村には木製の掲示板が立てられ、領からのお知らせが直書きされる。
この掲示板は細めの丸太と木板製。丸太のフレームにはどんぐりや松ぼっくり、イガに入った栗で飾られていて、キノコも生えた素朴でメルヘンチックな作り。
書かれている内容は文盲のための絵も多く、夜の間にこっそり更新されていたりする。
また、アルが小型ドローンを増産して領内に配備し始めたことで、治安も急速に良くなった。
悪さをして×マークが刻まれる者、毒蛇や猛獣、魔獣から閃光(レーザー)によって助けられる人もちらほら現れ、旧シュタインベルク領の領民も、妖精の加護を実感し始めていた。
隣領との領境の川は一応国境となるため、街道に架かる橋に関門が設けられ、石造りの関所が出来た。
当初伯爵領は王家からの通達にあった風土病を理由に領境を封鎖していたが、伯爵の執務室にクラウが映像で現れ、説得して伯爵領側の封鎖を解除させた。
伯爵はクラウの領主就任挨拶の空中映像を見ていたし、前回の派遣部隊への見舞金として妖精金貨を派遣費用相当贈られたため、バンハイム王都におもねることを止めた。
伯爵がクラウを見知っていたこと、砂糖も贈答されたこと、そして以前から砂糖を求める自領内の商人たちからの再三の要求があったことから、封鎖解除に同意したのだった。
この会談で、関所の通行には伯爵家発行の行商手形とシュタインベルク領発行の通行許可証が必要になった。
関所の形状はイタリアのサン・パオロ門のようで、川に向いたコの字型だ。
急造の掘っ立小屋で領境の警備に当たっていた伯爵領の兵は、一晩で知らぬ間に出来上がっていた対岸の城門のような関所に驚いた。
恐る恐る橋を渡ったが、鉄格子製の両開きの関門は開けられなかった。
しばらく右往左往しているとシュタインベルク領兵を名乗る一団が現れ、関門を開けて脇を警備し始めた。
その兵に話を聞くと、妖精様が門と関所、兵舎を一体化したものを作ってくれたので今日から警備すると、気さくに答えた。
鉄格子の門は、門上部の見張り部屋にロックがあるそうだ。
あちらは堅牢な石造りの建物で、トンネル状の通路脇で警備。
自分たちは薄い板張りの掘っ立て小屋に住み、門も無く、警備は橋のたもとで野ざらしだ。
もうすぐ冬が始まる時期、伯爵領の兵は泣きそうになった。
例え国外になっても伯爵領と戦争しているわけでもなく、今まで通り商隊は通したいので、シュタインベルク側に封鎖の意思は無かった。
しかも国境となったのに通行税や関税は無いため、遠くの商人までもが砂糖の噂を聞きつけ、こぞってやって来るようになった。
商人たちが手ぶらで来るわけも無く、シュタインベルク領には、これまでは入ってこなかった商品まで出回るようになった。
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