似非宗教によるタカリなの?

「アル、助祭さんやシスターの様子はどう?」

【隔離施設から領都に戻る途中ですが、表情は明るいですよ】

「お、そうなんだ。ちょっと安心」

【何が不安だったんですか?】

「ほんの少し前までは同じ王都で同じ団体に所属してたんだから、敵側になっちゃったシュタインベルクに、隔意は無いのかなって」

【大丈夫だと思いますよ。王都の教会を辞する時に、上層部の腐敗を辞職理由に挙げていましたから】

「あー、シュタインベルクに子どもたちと移住するなんて言ったら、カリアゼス教上層部にシュタインベルクが睨まれるとか思ったのかな? だからわざと上層部を批判して、自分に矛先が向くようにしたとか?」

【そうだったとしても、批判する内容は自身が上層部に感じている不満だと思いますよ】

「まあそうかもね」

【シュタインベルクに来てからは子どもたちと一緒に妖精教会でお祈りしているのですが、必ず『ご領主様に感謝を』と、領主館に向いても祈っていますね】

「おおぅ、クラウが祈りの対象にまでなっちゃったか。じゃあ大丈夫そうだね」

【そうですね。それと、王都のカリアゼス教を辞してきたのですから、もう助祭やシスター呼びは不適切では?】

「ああ、そうだね。妖精教に宗旨替えするなら妖精教の助祭とシスターってことでいいだろうし、カリアゼス教のままなら、シュタインベルク独自のカリアゼス教とかにした方がいいかな。一度クラウたちと相談するよ」

【そうですね。カリアゼス教バンハイム中央教会はシュタインベルクに敵対してきたわけですから、全く別の組織とするべきでしょうね】

「そだね。でもさ、今回の国境侵犯って、バンハイム中央教会はどういう意図だったんだろう? 司教とかいうの死んじゃったから、確認出来ないよね。王都のドローンで、情報とか取れてる?」

【宗教関係は私にとって理解不能なことも多いので、積極的に情報収集していませんでした。捕縛された聖堂騎士は、異教徒を恭順するためとしか聞いていないようです】

「……ねえ、今バンハイム王都の状況ってどうなってるの?」

【クーデターを起こした軍部が主体になって、武力を盾に周辺貴族を服従させています。今はバンハイム共和国を名乗っていますね】

「へえぇ、自分たちが王族粛清したのに、バンハイム名乗るんだ」

【バンハイムは、元々王都とその近辺の地名だったようです】

「そうなんだ。食糧事情はどう?」

【食料は平均で二倍ほどに値上がりしていますし、小麦は四倍近い価格です。それ以外の物も価格が上昇して、かなりのインフレ状態ですね】

「ありゃ、意外と上がってないね」

【そうなのですか?】

「春小麦の収穫がもうすぐなのに、麦畑にはあまり実ってない。主食になる小麦が無くなりそうだと分かれば、みんな買い溜めに走ってもっと値上がりすると思ってたの」

【西部同盟が逃げ込んだ各領主家の後援に立って、春先に四つの領地を西部同盟として回復しています。そこにはかなりの量の春小麦が実っていますよ】

「え? 領地の回復くらいはするかもと思ったけど、蒔く小麦が無いんだからもっと先になると考えてた。蒔く種はどうしたんだろう?」

【バンハイムに送らなかった上納分の小麦では?】

「あー! それ忘れてた!! シュタインベルクが食糧支援したから、上納分の小麦を食べずに作付けに回せたのか!」

【ティナにしては珍しい見落としですね】

「どうしよう。私、もうボケてきたのかな…」

【定期健診では、全く異常ありませんでしたよ?】

「うぅ……。病気のせいにしようとして失敗した。私の単なるドジです」

【ティナの定期検診をしている私に対して、ボケたなどというボケは通じません】

「いや、ボケるつもりじゃなかったんだけど…。えーっと、話し戻すとね、バンハイム中央教会は今、かなりの財政難になってるはずなんだ。食料価格が高騰したことで、平民や貴族の信者たちは教会に喜捨する余裕が無くなってるの。大口の喜捨してたはずの王都上位貴族は軒並み粛清されちゃって、収入が減ってたところに今回は多数の一般信者からも喜捨が貰えなくなった。だからシュタインベルクに来たんだと思うよ」

【まだ情報が繋がりません。なぜ王都から遠く離れたシュタインベルクなのですか?】

「宗教団体が兵を出すんだから、信者にも分かりやすい大義名分が無きゃいけないの。多分今回は『異教の地を恭順させる』とかって感じじゃないかな。王都周辺や西部同盟はカリアゼス教を信奉する地域だから襲えない。だから、遠くても大口の収入が期待出来るシュタインベルクに来るしかなかったんだよ」

【なぜ大口の収入になるんですか?】

「実際になるんじゃなくて、そう思われてたの。西部同盟に継続的な支援をするほど余裕があると見られてたわけ」

【そういうことですか。ですが、わずか五十名で一つの領を恭順させるなど、無茶にもほどがありますよ】

「その理由は多分二つ。ひとつは教会が兵力を動かす場合、兵は信者の貴族から派遣してもらうんだよ。でも今は王都周辺貴族の兵力が激減してるから、派兵してくれる貴族なんていないよ。徴収軍に派兵して瓦解させちゃった上に、王都の防衛戦力として残りも持って行かれてるからね。西部同盟はシュタインベルクから支援受けてたんだから、派兵するわけないし」

【なるほど。宗教団体である教会自身が持つ兵力は、聖堂騎士団だけなんですね。もうひとつはなんですか?】

「今度は兵が少ないのにここまで来た理由。シュタインベルクの民は元々カリアゼス教を信仰してたの。だからシュタインベルクの領民の多くはカリアゼス教の信者のままで、妖精教なんてごく一部しか信じられてないと思われてたのかも。だから領内に入って『異教を押し付ける領主家を許すな』とかって領民を扇動して、領主家に圧力掛ければ恭順すると思ったんじゃない?」

【現地の状況も知らずにですか?】

「カリアゼス教ってバンハイムの国教だから、当然王都では教会上層部は崇められてたはず。王都ではそうなんだから、元々はバンハイムだったシュタインベルクでも、当然そうだろうと考えてもおかしくはないよ」

【今は他国になって、情勢も変わっているのにですか?】

「困ったことに、崇められ続けるとそれが当然と思っちゃう人が多いんだよ」

【…難解ですね。ですがそう考えると、無理に関所を通ろうとしたことと合致しますね】

「だって『神の代行者である自分は異教徒シュタインベルク側の意向など聞く必要が無い』って言ってたんだよ。普段から自分は神の代行者だって思ってなきゃ、一方的な戦闘命令なんか出せないよ」

【…やはり私にとって宗教は理解不能です。神の代行者って、神自身が実際に降臨して、任命されたとでも言うつもりでしょうか】

「多分教会上層部が勝手に言ってるだけ。なんの根拠も無いはずだから」

【それが通用してしまうんですか? なんと不可解な】

「全面的にアルに同意するよ。でも多分、こんな風に感じちゃう私は、人としては少数派なのかも」

【ティナが私と同じ考えなら、私はそれでかまいません】

「…アルが宗教を理解して、私に教えてくれるとかは?」

【嫌です】

「…」

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