シュタインベルク家正統当主
「お嬢様がご領主をお勤めになることについては、爵位の有無以前にシュタインベルク家の正当な後継者でございますので問題ございませんが、この領はバンハイム王国から見放されたのですか?」
「いいえ、わたくしがバンハイムを見限ったのです。なんの手助けもしないばかりかお金の徴収しか頭に無く、精霊王陛下に不敬を働く無礼な使者を寄越したバンハイムには愛想が尽きましたので、バンハイムの提案は拒絶しました。愚かにもバンハイムはこの地を隣領の伯爵家に与えようとしましたが、妖精王陛下がバンハイムの王城に乗り込み、謝罪としてこの地を割譲させました。ところがバンハイムは、国王が責任逃れのために割譲を風土病での放棄と欺瞞したのです。そしてこの領は、領主不在となったわけです。今わたくしは、命を助けて頂いた妖精王陛下に仕えています。そして城塞都市を一つ任されております。わたくしは今よりシュタインベルク領の領主となり、この地はわたくしの城塞都市と共に、妖精王国所属シュタインベルク自治領となります」
「妖精王国…。最近民のうわさでは聞きましたが、本当にあるのですか?」
「ありますよ。ですが妖精様はお姿が見えず、自然の中にお住まいです。従って人のように町を持ちません。今、わたくしたちにも見える妖精王国の町は、妖精様がわたくしとシュタインベルクの民のためにと作られた城塞都市だけです」
クラウの横に映っていたティナが空中に手を向けると、城塞都市の全景が映し出された。
映像は徐々に都市に接近し、建物や住民たちを映し出す。
「す、すごい…。いつの間にこんな規模の城塞都市が…」
「あ! あいついなくなったと思ったら、あんなとこで門番してやがる!」
皮鎧姿の壮年の男性が、映像を見て叫んだ。
ティナの視界には『ディルク兵士長』と吹き出しがレイヤーされている。
「ディルク、もしかして元部下の方?」
「ええ。下っ端の領兵ですが、妙に人懐っこかったんで良く覚えてます」
「皆が知っている顔も多いでしょうね。城塞都市の住民は、旧子爵領から逃げて来た者たちばかりですから」
「お嬢様、見知った住民がみな穏やかな顔をしているのも気になりますが、この城塞都市の規模は何なのですか? しかも石材が勝手に宙を飛び、さらに巨大な城壁が出来ていきます。ここは本当に廃村なのですか?」
「信じられなくとも、これが妖精様のお力です。春には第一城壁まで出来、今は第二城壁を作って下さっているのよ。ティナ、あの城壁、完成したら何人住めるのだったかしら?」
「第二城壁だけで一万五千、第一城壁内と合わせて二万人だよ」
「に、二万!? この領の総人口じゃないですか!?」
「そうね。バンハイムがどう出るか分からなかったから、妖精様が念のためにと全員が住めるように作っていてくださるの」
「念のためにで二万の城塞都市…。勝手に町が出来るのですか?」
「少しはわたくしたちも手伝ったのよ。おうち十軒くらいだったかしら」
「…妖精様の建築能力のすばらしさは理解しました。あと気になるのは妖精王国の国防能力です。この領はバンハイム王国との国境に位置することになりますので、今までの領の武力だけでは、到底支えきれません」
「ティナ、妖精王陛下はどう考えていらっしゃるの?」
「妖精たちには国土という概念も無く、本来争いを好まないんだよ。だけど争いを起こそうとするバカが大嫌いだから、もし攻めて来たりしたら、敵は惨い事になるね。前回の伯爵領の兵士さんたちみたいに」
「前回は五百人ほどと記憶していますが、さすがに万単位で来られると支えきれませんよ?」
「いいえ、いくら数が多くても大丈夫なの。だって妖精にいくら攻撃しても、すり抜けるだけでダメージにならないから。しかも妖精王陛下が怒ったら、一発で片が付いちゃうよ。最初の使者が不敬を働いた時なんて、クラウが止めなかったらバンハイムの王城が吹き飛ぶところだったから」
「あの時は本当に肝が冷えましたわ。空中にあるだけでガラスや石壁が溶ける巨大な光の矢など、初めて見ました」
「クラウが止めてくれて良かったよ。まあ、簡単にバンハイムの王城吹き飛ばせる妖精王様がいるから安心して。人よりはるかに強い妖精たちも、国境を警備してくれるから」
「……理解の範疇を超えていますが、安全であると認識することにします。後は領内の警備ですが、現状では兵がかなり減っていますので、非常に厳しいかと」
「そっちも大丈夫だよ。城壁作り終わったら、妖精そっちにいっぱい行ってくれるから」
「…どのくらいの期間、保たせればよいでしょう?」
「う~ん、あと一か月くらい」
「は? あの巨大な城壁が、あと一か月で出来るのですか?」
「一週間で五分の一は出来たから、あと四週間くらい」
「……承知しました。お嬢様、いえご領主様、今後ご報告やご指示を頂く場合は、いかがいたしましょう」
「あ、そちらの執務室と城塞都市の執務室、連絡取れるように何か考えるよ。それまでは時間を決めて定期的に会話出来るように、妖精に頼んでおくから」
「それは助かりますわ。ですが妖精様への借りばかりで、身動きできなくなりそうですわね」
「妖精は貸してるなんて思ってないよ。遊びみたいにやりたいからやってるの。だから遊んであげた分を返せなんて、絶対言わないから」
「は? 二万人が住める新築の城塞都市がタダ? 王城を吹き飛ばすのが遊んでいるだけ!?」
ベルノルトを筆頭に、家臣一同呆然としている。
「ベルノルト、驚いておる暇は無いぞ。今は民のために動く時だ」
「……そうでした。ご領主様、後は何かございますか?」
「現在隣領にバンハイムの新たな使者が来ています。バンハイムは、未知の風土病という架空の話で旧子爵領を切り捨ててきますから、それが全く根拠の無い嘘であると領内に布告しておいてください」
「あ、布告や告知は妖精に手伝ってもらったら? これ以上嘘が広がるのも領民が不安になるから、早い方がいいでしょう」
「そうですわね。何から何まで妖精様に助けていただいては自治領の領主失格ですが、嘘に怯えて住み慣れた土地を捨てる住民をこれ以上増やすわけにはいきません。ティナ、お願い出来る?」
「了解。じゃあ、謁見の間に移動しようか。あそこにはシュタインベルク家の紋章絨毯が掲げられてるから、住民も受け入れやすいでしょ」
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