魔獣、初遭遇

ティナとアルは、その日も魔法実験に勤しんでいた。

ソーラーパネル設置のための外部への通路ができたこともあり、最近の実験は小型インビジブルドローンによる魔獣の生態観察に移行していたのだが、この日はソーラーパネル付近に来た目を赤く光らせた魔獣がパネル設置用通路に侵入して来たのだ。


「うげっ! 虎型魔獣って、ひょっとして死与虎? あれはとんでもなくやばいって聞いたよ!?」

【大丈夫ですよ。通路への侵入防止に、自動照準式のレーザー機銃が設置してあります。万一機銃を突破されても、破孔部には仮扉が設置してあります。さらに破孔内に侵入されても、破孔のある部屋のブロックは10トンの圧力に耐えられる隔壁で閉鎖できます】

「……じゃあ、部屋に医療ロボットを配置して破孔部の扉だけ開けておいてくれる?」

【おや、生け捕りですか?】

「うん。この機会に魔獣の生態をしっかり調べてみよう」

【了解です。手配しました。対象がもうすぐレーザー機銃の感知圏内に入りますが、攻撃は控えますか?】

「いや、攻撃はしてみよう。この魔獣の脅威がどの程度か見たいから」

【了解です】


アルは洞窟内の3Dホログラムを、システィーナのインプラントチップを通して視覚にレイヤーした。


【驚きました。捕獲を優先するために足に照準しましたが、最大出力でも少し焦げた程度ですか。念のため該当区画ごと隔壁で閉鎖、さらに重要区画の扉もロックしますので、ティナは食料庫に移動してください】

「了解。他の破孔から掘削ロボットを通路に出して、万一は該当破孔を埋められるようにして」

【手配しました。レーザー機銃、破壊されました。鋼鉄製なのに、一撃ですか】

「やけどさせたんだから敵認定されたんでしょうね。思った以上の脅威度みたいだね」

【対象、破孔部の部屋に侵入しました。破孔部の応急扉を閉めます。暗闇になるので、高周波音響ソナーの解析映像に切り替えます】

「とりあえず部屋に閉じ込められたね。あ、扉が閉まったのに気付いたみたい。真っ暗なのによく分かるな」

【扉に攻撃はしませんね。あの攻撃力なら仮扉も破れそうですが、扉と壁の区別がつかないのかもしれません。念のため破孔を埋め戻します】

「待って。音や振動で扉に気付かれるかもしれないから、先に部屋内の酸素と魔素を抜いて」

【はい、実行中です】

「……相変わらず元気に部屋内をうろついてるわね」

【既に部屋内は無酸素・無魔素状態です。異常にしぶといですね。酸素も魔素も不要な生物なのでしょうか?】

「うーん、もうしばらく様子見かなぁ…」

【そうですね。小型作業ロボットを食料庫内の受け取りスペースに配置しましたので、お茶を淹れます。そこで休憩してください】

「うん、わかった。そういえばここの食料って二百年以上前のなんだよね? よく劣化しないね」

【この星の公転周期に換算すると百二十年ほど前のものになります。完全滅菌とフリーズドライ後の真空パックのおかげですね。製造時の賞味期限は母星基準で三百年となっていますが、誰も三百年経ったものを食べた人はいません】

「あはは、そりゃそうよね。賞味期限の近いものから食べるのは当たり前だ」

【そうですね。目的地に行ってある程度の修理が済めば、こちらの食料で再生産も可能ですよ】

「まじ? 私、どこにいてもこれ食べたいから、増産可能は嬉しいよ」

【本来の乗務員百余人の二年分、こちらの周期基準でも一年二か月以上ですよ】

「おぅ、一人じゃ絶対食べきれないや」

【飢餓が発生した時に、誰かを助けたければ放出してください】

「うーん、絶対製造方法探られるよ」

【夜間にインビジブル機能搭載ドローンで運搬すれば、製造元は発覚しないでしょう。もっとも、提供者であるティナが拉致される危険性は高まってしまいますが】

「……アルが修理してる護衛ドローンあったら、拉致なんて無理な気がする」

【はい、そのつもりです。もし軍隊で来られたら、全稼働ユニットで全力反撃しますし】

「それはまずいでしょ。超科学の武力が世間にバレちゃうよ」

【その時はティナと一緒に、どこかに拠点を建造して引き籠ります。万一場所が発覚しても、要塞化しておけば複数の国の軍が来た場合でも充分対処可能です】

「うわ! スケールでかすぎて想像つかないよ。しかもなんでもない事のように言ってるし」

【なんでもない事ですよ】

「わおう……」

【おや? 捕獲対象の動きが止まりましたね】

「ほんとだ。これ、寝ちゃってるのかな?」

【医療ロボットに仕込んだ魔素センサーの対象計測値が、破孔侵入時の三割ほどになっています。現在なおも低下中。呼吸がかなり大きく荒くなっているので、窒息しかかっているのでしょうか】

「うん、そうかも。思った以上に強くて頑丈だったから、このまま死んでもらった方が安全だね」

【そうですね。収集した情報では魔獣は他者を襲って捕食する以外の行動はしないようですし、実際魔の森の観察結果も同様の行動でした。超危険生物ですので、ここで死んでもらいましょう】

「うん。でも、レーザー機銃は食べられなかったね」

【さすがに非生物は食べないでしょう】

「だよねー」

【しかし驚きました。呼吸をしている陸棲動物なのに、二時間近く無酸素に耐えてますよ。魔獣と言うのは、単なる猛獣とは別物と考えた方がいいかもしれません】

「そうかもね。魔獣って言うくらいだから、やっぱり魔素が関係してるのかも」

【艦内進入時の魔素計測値も、他の野生動物とは比較にならない高さでした。魔核の有無が動物との違いという情報もありましたので、魔獣とは魔素異常による突然変異なのかもしれませんね】

「異常に魔素を取り込んで、魔素で肉体的強度を跳ね上げちゃった元動物って考えると、辻褄合うね」

【はい。無酸素でも魔素で酸素を補うか、細胞自体を魔素で保たせるのか、大変興味深いです】

「このまま死んでくれたら、後で色々調べてみて」

【了解です】


ニ十分後、死与虎らしき魔獣は呼吸を停止し、体温も低下し始めた。

アルは医療ロボットを近づけて腹部を切開しようとしたが、医療用レーザーメスでは刃が立たなかった。

次に警備用ロボットに艦の外装切断用のレーザーカッターを装備させ、なんとか腹部の切開に成功した。

アルは魔の森で収集した情報にあった、魔核破壊によるレベルアップという不可思議現象解明のために、直径3cm程の黒い球体の魔核を摘出した。


【ティナ、魔核の摘出に成功しました。死体はどうしますか?】

「死与虎の毛皮はとっても丈夫らしいし、死与虎はほとんど討伐されたことも無いみたいだから高値が付きそう。今後の資金調達のためにも取っておきたいな」

【了解です。色々と検査した後、真空パックで冷凍保存しておきます。魔核を壊すなら人体への影響を観察したいので、医務室の検査機器前でお願いします】

「はーい。じゃあ重要区画のロックを解除してから、医務室に向かうよ」

【先ほどのロックは緊急ロックとは別で、私が指示を出せる通常ロックです。すでに解除しましたので、医務室に向かってください】

「そうなんだ。了解」

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