お見合いツアー ハルシュタット 1/2
翌日、朝食を済ませた一行は、ハルシュタットの町に降りた。
屋形船で湖に着水し、まずはゆっくりと遊覧。
この時点で、アウレールが写真を撮りまくっていた。
船着き場から町に入っても、他国の王子様歓迎セレモニーなどは無い。
これはランダン王国一行から、なるべく民たちの普段の生活が見たいという要望があったからだ。
ティナを見つけた幼児たちが突進して来ようとするが、それを近くにいた大人が捕まえ、軽く一礼。
他国の王子様がいるので、普段のように子どもたちがティナに突進してくると護衛たちが排除行動に出かねないと、事前に通達しておいたのだ。
子どもたちに突進される領主もどうかと思うが、ティナは町に降りるたびに子どもたちにせがまれて色々な魔法で楽しませていたので、子どもたちから見れば領主というより同年代の大道芸人に近い。
ティナ発見→面白いものが見られる→全力ダッシュの図式が出来あがっているのである。
幼児たちに手を振ってその場を離れ、町を案内し出すティナ。
道行く人々は一行から少し距離は空けているものの、軽く一礼だけしてすれ違っていく。
中にはティナに手を振っていく者も。
自国の王都では考えられない住民の行動に、ランダン王国一行は驚いた。
一方のシュタインベルク組は、やはりここでもかと、シュタインベルクで子どもたちを引き連れて走り回っていたティナを思い出し、笑っていた。
「ティナ嬢、住民たちは随分とティナ嬢に気安いようだが、普段からこうなのか?」
「普段は捕まっちゃうね。他愛ないお話したり、子どもたちと遊んだりしてる。この人たちの笑顔を守ってるんだって思うとやる気出るから、ちょくちょく暇を見つけて降りて来てるの」
「……王城に籠っていては、その感覚は味わ会えんな」
「それは警備上仕方ないでしょ。ここは部外者が入って来れない町だから、気軽に出歩けるんだもん」
「…警護が不要なのか?」
「私はね。住民の中には旧バンハイム王国の東部出身者や、シュタインベルクに武力で越境しようとして亡くなった人の遺族もいるの。今はうちの住民だから危険無いとは思うけど、一応警護はあった方がいいよ」
「……ティナ嬢、忌憚の無い意見が聞きたいのだが、うちがバンハイム東部を制圧する前の俺の立場だったら、ティナ嬢ならどうした?」
「状況はかなり厳しいよね。…バンハイム東部に農地開墾団派遣して、開墾した土地の実りから何割かをもらう交渉するかな」
「それではバンハイムの食料生産高が上がるだけだろう」
「おバカな王族はそう思って許可するだろうね。でも、開墾団が開墾中に消費する食料をバンハイム持ちにすれば、開墾中はランダン側の食料消費が減る。ランダン側は食料バンハイム持ちでどんどん農地を広げていくと、バンハイム東部で起きるのは農民不足。そこでランダンから入植者移住を持ちかける。ランダンの人口が減ってバンハイムは得するから、バンハイムは多分受けるでしょ。でもその次に起きるのは、バンハイムでの食糧過剰。必然的に食料価格は安くなるし、売り先はランダンとバプールしかない。バプールは東部から遠いし高額商品の輸入で儲けてるから、多分かさばって利益率の低い小麦の輸出には消極的。なら売り先はランダンしかない」
「小麦は安く買えるようになるかもしれんが、それではランダンの国力が落ちてバンハイムの国力が上がってしまう」
「毎年食料不足ってことは、ランダンは人口過多なんだよ?」
「しかしランダンの王太子としては、その策は採りにくいぞ」
「民を飢えさせないことが一番だと思うけど?」
「むう…」
「ティナ、ハルトムート殿下が悩んでますわよ。どうせ次の策があるのでしょう?」
「バレてた。入植者は元々いる東部の農民に、ランダンでの農民優遇の話をするの」
「東部の農民にうちに所属した方が良いと思わせ、その後は?」
「領主館だけ押さえれば侵略完了」
「農民は逃げ出さずランダンを歓迎し、うちは開墾した土地まで手に入る?」
「うまく行けばね」
「…だが、バンハイムは取り返そうとして来るぞ」
「他にも何かしておきますわよね?」
「商人で西部や南部で噂を広めておく。ランダンは農民を優遇して税も安いって。その上で、たまに西部や南部の領主館に火矢が撃ち込まれる」
「…まさか、農民の暴動を警戒させ、東部への出兵をためらわせるのか?」
「あのバカ王族は税を取り過ぎてて農民はかなり苦しかったから、不満はあって当然。領主たちもそれは分かってたはずだからね。たとえ奪還に来られても、食料に関しての補給線は要らないから、その分楽に戦線を維持出来る。食料生産量が肥大化した東部を取られたバンハイムは、一気に食糧事情が悪化。バカ王族はどうすると思う?」
「多分やらかしますわね。戦時特別税の徴収あたりかしら」
「すでに東部への出兵で負担を強いられてるところにね。地方領主は応じるかな?」
「戦時特別税が大きすぎれば、反発は必至だな」
「あのアホな事しかしない王族だよ? ついでだからって、自分が贅沢する分まで上乗せしかねないって」
「……すべて仮定の話だが、机上の空論と切って捨てるにはメリットが多すぎる。バンハイム側に食料出させて、将来こちらの国土になる場所を開墾? 事前に農民がこちらを受け入れる体制にしておいて、制圧は領主館だけ? 大規模な食料生産地のすぐ近くで前線を維持すればいい? 王族に下手を打たせる土壌を作っておいて、内乱の誘発? 戦術と戦略とは、こういう物であるべきなのだな」
「ハルトムート殿下の驚きは理解出来ますわ。わたくしの領都にも二度派兵されましたが、二度とも敵が領都にたどり着くことなく撤退いたしました。我が方の兵はひとりも動くことなく、しかも戦闘すらせずに相手側の兵も死者無しでです」
「…その冗談のような話が、二度あった実話?」
「冗談のような実話ですわ。ティナが作戦を考えると、主目的が敵の撃退では無いのが恐ろしいところですの」
「派兵されたのに敵兵の撃退が主目的ではない?」
「一度目は敵兵を逃げ帰らせ、兵が再度の出兵から逃げるように仕向けました。二度目は途中で行軍を断念させ、敵側の仲たがいを誘発、首謀者を爵位奪爵にまで追い込みましたの。あ、もうひとつございましたわね。無礼なバンハイム王の使者の態度を宣戦布告とみなし、王を脅して領土を割譲させましたわね」
「とんでもない戦略家ではないか」
「いやいや。全部妖精が手伝ってくれたからだよ」
「それでも考えたのはティナ嬢だろう。先ほどの作戦も、詰めれば充分に実行可能だ。しかも戦略目標に、バンハイム王族の信用失墜と農民の待遇向上、内乱の誘発まで織り込まれている。とっさに考えただけで、よくもまあ思い付くものだ」
「どうせやるなら、おまけがあった方がお得でしょ」
「…おまけが大きすぎいると思うのだが。こちらの出兵には移住した自国民の保護という公称の理由も出来るし、大きな軍事衝突を回避出来る可能性まであるとなれば、双方の犠牲者数も激減する。もっと前にティナ嬢に会いたかったよ」
「ハルトムート殿下がアウレール殿下の婿入り考え付かなかったら、多分私たちはこんなにぶっちゃけた話出来てないよ。過去は変わらないんだから、今話せてることを喜ぶべきじゃない?」
「…その通りだな」
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