お見合いツアー ハルシュタット 2/2
道端で話し込んでいたティナたちだったが、道が広く作られているため往来の邪魔にはなっていない。
少し離れた場所でも、子どもたちの一団が屋台に群がって買い物をしていた。
「ティナ様、あの子どもたちは何をしてるんでしょう?」
「ああ、あれはね、学舎の授業の一環だよ。実際に買い物をして、お金の計算を覚えるの」
「……まさか、子どもたちは全員学舎に通っているのですか? 年長の子どもは、あの一団しか見かけませんが」
「ここでは六歳以上はみんな学舎に通うの。同じものを見て学んで同じ知識を得れば、似た価値観や判断力が身に付くから」
「…農民の子どももでしょうか?」
「農民の子どもは農民しなきゃいけないなんて決まりは無いから、大人になるまでに知識身に付けて、やりたい職業に就けるようにしてるの」
「よく親が通うのを許しましたね」
「この領に移住する条件に、子どもの学舎入学が入ってるからね。学舎で子どもの面倒見てくれるし昼食も学舎で出してるから、親は楽出来るよ」
「……身分関係なく、子ども全員に同じ教育を受けさせているのですか?」
「そうだよ。学費食費教材費は領負担だし、たとえ一食でもバランスがいい食事摂れれば発育も安定しやすい。医師が学舎にいて健康診断もしてるから、親は安心して子どもを預けられる。卒業したら読み書き計算出来るし、基本的なマナーも身に付いてるよ」
「我が国では考えられん厚遇だな」
「それだけメリットが大きいからね。卒業したら、みんな新人文官くらいの能力あるから、どこでも引っ張りだこになるよ」
「…そういうものなのですか?」
「シュタインベルクではそうなっていますわね。新人文官の採用も楽ですし、他の就職先からも基礎知識を教える必要が無いと好評ですの。うちの領は急激に経済規模が大きくなったために文官不足で、もっと早く学舎を設立していればと、何度思ったことか」
「そこまでですか?」
「基礎知識がございますからある程度の指示で動いてくれますし、通達なども文書の回覧で済みますの。新たに職に就いても、専門知識を指導すれば理解力が高いので覚えが早い。農民の子が数や代金をごまかそうとする悪い商人に間違いを指摘する。職人の子が、材料費や手間賃を計算して台帳を付ける。有用性を数えだしたらきりがないほどですわ」
「…恐ろしいな。今学舎に通う子どもたちが大人になった時、我が国とこことでは、庶民の知識レベルが違い過ぎる。未来を見据えるなら、国民全体の知識の底上げが必要ということか」
「そんな大そうな目的じゃなくて、自分が成りたい職業に就けるようにしてあげたかっただけなんだけどね」
「その結果が国の発展に繋がっていくことがすごいのだ。例えば俺は、旧バンハイムの東部地域に派遣する代官や文官を探すのに、貴族家に頭を下げて融通してもらった。当然借りが出来た分、無理も聞かねばならん。だがもし募集しただけで集められたとしたら、一部の貴族の無理を聞いて偏ったことをしないで済む。国民の知識レベル向上などまったく意識していなかった俺は、王太子失格だ」
「恐れながらハルトムート殿下、その状況が今のこの世の普通なのです。ティナの頭の中が、ちょっとあれなだけですわ」
「あれって何っ!?」
「明かしてもよろしいの?」
「う…。なんか聞くのが怖いから止めとく」
「さすがティナ、賢明ですわ」
「…」
ハルシュタットの町に入ったところで一時停止していた一行は、やっとのことで移動を始めた。
通りを掃除する人や、のんびりベンチに座っておしゃべりに花を咲かせる人、公園を散歩する人、釣りを楽しむ人、屋台やお店で買い物をする人、見かけるすべての住民の顔が温和な表情を浮かべ、あちらこちらで笑顔の花が咲く。
荷車を引く者や船から荷を下ろす者まで表情が明るいことに、ランダン王国一行は衝撃を受けていた。
シュタインベルクでも感じたことだが、ハルシュタットは更に町の雰囲気が明るく、住民たちが幸せそうなのだ。
これこそが本来の町の姿と教えられているようで、ランダン王国組は自身の王都の様子を思い出し、動揺を隠せなかった。
うろたえながらも学舎に案内され、楽しそうに教材を使って学ぶ子どもたちの姿に、さらなる衝撃を受けた。
きれいな教室、豊富な教材、高度な内容なのに分かりやすい教師の教え方、文字の読み書きや算術だけでなく絵画や料理、工作など多岐にわたる授業内容。
自分たちが学んだ子ども時代にこんな授業をしてもらえていたら、今よりもっと知識を得ることが楽しかっただろう。
こんな楽しい授業を受けて育った子どもたちは、いったいどれほどの知識を得てしまうのだろうか。
学舎とはこうあるべき。
またも教えられたような気がしたランダン王国組は、午後の予定を変更して欲しいと願い出た。
午後からはランダン王国をシュタインベルク組に見学してもらい、ランダン王国組はそのまま帰る予定だった。
しかし、今のランダン王国を見せることが、恥ずかしくなってしまったのだ。
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