閑話 ハルトムートの奮闘

ティナたちが去った翌日、ランダン王国では緊急御前会議が行われた。

招集された大臣や主だった貴族たちは、壁に次々映し出される写真や動画を、唖然として見上げることになった。


きれいに整備されたバンハイムやシャルトの街道、護岸工事された河川、とんでもない規模の新首都、機能的な港町、絵画と見まごうほど美しい街並み、美術品のような城内などなど。

自国とはあまりに違う内容に、招集された者たちはただただ呆然とするしか無かった。


一旦映像が終わり、各々が見た物を消化しきれぬ中、王太子であるハルトムートは、静かに語りかけた。

我が国は技術的・文化的に置いていかれるのを危惧する段階ではなく、すでにかなり置いていかれているのだ。

妖精王国が宗主国となって一年と経たぬうちにこれほどの格差ができてしまっているのに、悠長に婚姻外交程度の結び付きを求めるなどの迂遠な手段を模索しているようでは、一年後にはいったいどれほどの格差が広がっているのだろうか。


次に映し出されたのは、ランダンとバンハイムにおける来年の小麦収穫予想。そして国民一人当たりの食料自給率。

地図に棒グラフが立っているため、ランダン王国の食料自給率の低さは一目瞭然。バンハイムはランダンの二倍近い棒が立っている。


自国の食料生産量、自給率の低さを視覚的に見せられて再認識した国家の運営陣は、ため息しか出なかった。


ハルトムートはおもむろに地図の尺度を変え、大陸全体を映し出した。

そこには、ランダン王国の三倍を超える棒グラフを持つシャルト共和国が映っていた。


集まっていた者たちは衝撃を受けた。

羨んでいた隣国バンハイムでさえ及ばぬ大国があった。

しかもその大国は、バンハイム同様妖精王国の属国。

先ほど見た映像では、シャルト共和国は大きな港を作り、海外との貿易を始めようとしている。

シャルト共和国が海外に輸出するとすれば、真っ先に思い付くのは豊富な小麦だ。

自分たちが渇望する小麦が、船で海外に出て行ってしまう。

王城に出仕する者なら、誰しも即座に思い付ける予想である。


衝撃冷めやらぬ者たちに対して次にハルトムートが提示したのは、この大陸北部唯一大型船が停泊できるバプールの状況。

黒死病が発生しているのに何の策も執らないバプールから、バンハイムを守るために妖精王国が一夜にして制圧。

即座に黒死病の特効薬を携えた医療班が送り込まれたため、現在では黒死病をほぼ鎮圧できているであろう。

そしてバプールは、バンハイムに吸収されるはずなのだ。


ここまで話され、会場に集まったランダン王国運営人たちは、王子が示唆することに気付いた。

黒死病の特効薬を有する妖精王国の技術力もさることながら、バンハイムも港を持ち、小麦を輸出できるようになってしまう。

会場の皆は、自身が予想した未来に恐怖し、頭を抱えた。


そこでハルトムートは、悪魔のささやきを差し込んだ。

妖精王国から各種の死病に対する特効薬を支給され、バンハイム共和国の小麦を海外に出すことなく、ランダン王国の金属資源を製品に加工して海外に輸出する方策がある。

ランダン王国全体を救う夢のような策が現実にあるのに、ランダン王国を守ろうとするプライドがそれを掴み取る邪魔をする。


この謎掛けのような発言に、頭の回転が速い一部の者は、王太子の言わんとすることに気付いた。

『ランダン王国を守ろうとするプライド』。それはランダン王国を、ランダン王国のまま守ろうとするから掴み取れなくなってしまう。

要は、ランダン王国という枠組みを外せば、助かるどころかより良い生活が待っていると言いたいのだ。

だが、一国の王太子としては許されぬ発言。だからこそ謎掛けのような発言になったのだ。


そしてハルトムートは、最後に爆弾を落とした。

『ランダン王国をランダン王国のままバンハイム共和国やシャルト共和国のようにできる者がいるなら、私は喜んで王太子の座をその者に明け渡す』


この発言はティナと作った説得資料には無い。

ハルトムートが、ランダン王国の王太子として覚悟を持って発言したものだ。

ハルトムートは、自力でティナと同じ結論にたどり着いていた。

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