出会い


休眠モードに入っていた惑星資源探査艦搭載AIは、船体外部に人型の生命反応を検知して覚醒し、船外カメラを起動した。

水没した後部甲板付近を漂う人類種と思われる者を発見し、かろうじて動作可能だった船外作業アームを操り、要救護者としてエアロック内に回収した。


事前にエアロック内に配置した自走型のストレッチャーに救助対象を乗せ、エアロックを閉じて水を排水。

ストレッチャーを医務室まで運び、救助対象を医療ポットに移した。


まずは全身をスキャンして、心肺停止状態ながらも脳波が存在していることを確認。

脳内にコミュニケーション可能な言語野があり、読み取った記憶野からの情報で、救助対象がある程度の文化的生活をしていたことを認識した。


次に流れ出る血液を分析し、人類種であること、自艦の生体修復用医薬品での救命が可能であることが確認できたので、即座に治療を開始した。


ポット内を呼吸可能な医療ピコマシン液で満たして身体を浮かせ、手術用アームで治療の邪魔になる衣服を切断し、幼女を裸に。


医療ポットの心肺機能補助装置で心肺機能を強制稼働させると、開放骨折箇所の骨をアームで定位置に戻し、ピコマシンに骨折部と外部裂傷の修復を命じた。


次に血管と内臓修復のためにピコマシン液を注射し、損傷個所の修復を命令。


最後に代用血液を出血量にみあう量になるまで注入し、その後は養分点滴に切り替えて救助対象の覚醒を待った。



三日後、定時スキャンによって治療の完了を確認したAIは、救助対象の覚醒兆候を感知して医療ピコマシン液を抜き、ポットの上部ハッチを開放した。


次に読み取った言語を使い、ポットのスピーカーから、聞き心地の良いバリトンボイスを選んで声を掛けた。


「システィーナさん、お目覚めですか?」

「ゴホ、ゲホ、ゴホ。うう、痛い。息が…」


肺にわずかに残ったピコマシン液を吐き出した救助対象は、どうやら半覚醒状態で、気を失う直前の状況にあると思っているようだ。


「手当しましたので痛みは消えていると思いますが、まだどこか痛いですか?」

「え、手当?…あれ、痛くない?」


完全に覚醒したようで、跳ね起きて自身の身体をまさぐる素っ裸の幼女。


「うわ! 私激流にもまれて滝から落ちたはずなのに、全然痛くない!?」

「良かった、きちんと治っているようですね。ですが収容時点でシスティーナさんは危篤状態でしたので、緊急事態と判断して治療時に着衣を切断させていただきました。申し訳ございません」

「あ、それは当然の処置だと思う」

「切断した着衣は、修繕して右手の一番ロッカーに入れてありますので、着用してください」

「ボロ服、直してくれたんだ」

「手術着や患者用衣服は大人用しかありませんので、サイズが合いませんでした」

「それでわざわざ元の服を直してくれたのね。ありがとう」

「簡易的なテーピング修復ですので、申し訳ありません」

「元々ボロだから、着れたら十分だよ」


医療ポットを出て、話しながらいそいそと衣服を身に付ける幼女。


「ところで、あなたは誰? どこにいるの?」

「私は、アルファⅡ型惑星資源探査艦搭載AIです」


AIはシスティーナが理解できない可能性を考慮しながらも、正式名称を名乗った。


「アルファ…何?」

「長いので、アルとでもお呼び下さい」

「AI……人工知能って、こんな流暢に会話できるの?」

「おや、やはり理解できますか。あなたが意識不明だったため未承諾ではありますが、意思疎通と治療のためにあなたの言語野と記憶を一部読み取らせていただきました。大変申し訳ございません」

「そういえばずっと日本語で話してた。すごく話しやすい」

「はい。大変不思議な事に、あなたの記憶と言語野には全く文化レベルの違う二種類の記憶と言語が存在しました。日本語の情報量が非常に多かったため、より繊細に状況を伝えられると判断して使わせていただきました。ただ、お名前に関しては一つしか読み取れませんでしたので、システィーナさんと呼ばせていただきました」

「脳内をスキャンできて、言語の構築までできるんだ。すごい科学力。…えっと、私はなぜか前世と思われる夢を見るから、きっとそのせいね」

「前世の夢ですか、大変興味深いですね。ですが今は状況説明を優先させてください」

「あ、はい、お願いします」

「了解しました。システィーナさんは三日前に滝つぼの底に位置する当艦の上に、瀕死の状態で沈んでこられたのです。私には非敵対人類種の救助・保護が義務付けられておりますので、システィーナさんを艦内に収容して医療ポットで治療させていただきました」

「三日前…そうだった。私は修道院を脱出したんだった。だけど川に流されて、滝から落ちた」

「大変申し訳ないのですが、この艦の現状からすると、システィーナさんが艦外へ出るのは難しい状況なのです」

「そういえば艦って……え、不時着って航空機?」

「いえ、当艦は他惑星の資源を探査・採集する目的で建造された艦船です」

「たわくせい?……他惑星! まさか宇宙船!?」

「宇宙空間航行機能は最低限ですので、厳密には惑星降下艦ですね」

「えっと、ちょっとだけタンマ。………何で照明がろうそくかオイルランプしか無い世界に宇宙船あるのよ!?」

「不慮の事故です」

「そんなさらっと!?」

「事実ですので仕方ありません。それより状況説明を続けても良いですか?」

「あ、はい」

「現在この艦は極端な電力不足と多数の損傷により、ほとんどの機能が停止しております。従いまして、システィーナさんを安全に外にお返しするのが難しい状況です」

「そうなんだ……。ああ、滝つぼの底って言ってたね。しかもここって魔の森の奥だから、なんとか泳いで出られても魔獣の餌食になっちゃうか。まいったなぁ……あ! それ以前に、私助けてもらってお礼も言ってなかった。ごめんなさい。そしてありがとうございました!」

「いいえ。救助できてもシスティーナさんの状況はあまり好転していませんので、申し訳ない限りです」

「えっと…外に出られないから?」

「はい、外に出られず当艦の食料庫にもアクセスできませんので、このままでは一時的な延命にすぎません」

「うう、脱出したはずが、また軟禁と飢死の危機…。アル、打開策は無いの?」

「しばらくは養分点滴でもたせられますが、電力不足で追加の製造ができませんので、養分点滴の残量からすると一ヶ月が限界かと」

「えーっと…。発電機の修理とかは?」

「機関部の損傷も大きく、修復には造船レベルの大規模な修理作業が必要です。また、事故の衝撃で資材庫及び食料庫の扉に緊急ロックが掛かっています。解除できれば発電機器を組み立ててシスティーナさんの生存確率を上げられますが、緊急ロックの解除は乗務員でなければできません。ですが現在当艦には乗務員がおりませんので、システィーナさんを乗務員として登録させていただければ、解除の可能性はございます。しかしながら乗務員登録には脳内インプラントチップの埋め込みが不可欠ですので、システィーナさんの許諾が必要となります」

「え? 誰も乗ってない!?」

「はい、無人のままこの惑星に不時着しました」

「おぅふ………。えっと、脳内インプラントってことは頭蓋骨に穴開けちゃう感じ?」

「いいえ、鼻腔内からの施術となります。麻酔後の施術ですので、痛みもございません。施術は数分で終わりますが、インプラントチップとの神経伝達ネットワーク構築まで、約一日は眠っていただきます」

「…私は生きるために修道院を脱出したの。だからまだ死ぬ気はないわ。アル、了承するからやっちゃって!」

「承知しました。それでは再度ポット内に横になって下さい。着衣はそのままで大丈夫です」


アルと呼ばれることになったAIは、システィーナが横になった医療ポットのハッチを閉め、施術を開始した。

麻酔は一瞬で済み、施術もほんの数分で終わったが、インプラントチップと脳の神経伝達ネットワーク構築のためのピコマシンを再度注射し、養分点滴を再開しながら構築完了を待った。

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