もうひとつのプロローグ


アルファⅡ型惑星資源探査艦搭載AIは、母艦である辺境宙域資源探査船団旗艦AIからの緊急信号を受信して休眠モードから覚醒した。

覚醒シーケンスに従い、まずは自艦の各種センサーから情報を取得。

艦全体に過大な重圧を感知して、即座に力場相殺フィールドを艦の外周に発生。

重圧が安全基準以下まで相殺できたところで、現状の把握に努めた。


だが、センサーの大半がでたらめな異常値を示していたため、艦外カメラの歪んだ映像の解析と、艦内カメラでの乗務者探索を始めた。

結果分かったことは、既に母艦が爆散していて自艦は母艦から切り離されて漂流していることだった。さらには自艦に乗務者がいないという、第一級の異常事態だ。


母艦AIから最後に送られてきたログにより、事故原因は把握できた。

異空間航行終了後、通常空間に出た場所に突然発生した大型の時空ひずみ。

母艦は時空歪曲場に飲み込まれ、暴走した機関部が爆発し、大量に積載されていた岩盤掘削用爆薬が次々に誘爆、内部から爆散していた。


他の艦載機は母艦の格納庫内だが、惑星資源探査艦は大型のために母艦の下部に直接固定されていた。

原型を全くとどめない母艦の爆散具合から予想するに、おそらく母艦の爆散で自艦は吹き飛ばされたのだろう。


艦外カメラには、次々とねじれながら圧縮されていく母艦の残骸たちが映っている。

受信できる全周波数帯に、シグナルは皆無。

乗務者の通信インプラントチップの個別通話用チャンネルにすら応答はない。

母艦の生存者は絶望的だ。


AIはこの時点で緊急プログラムに従い、AI権限内での自艦の保全を実行。

母艦AIからのログ、自艦の各艦外カメラの映像や各種センサーの異常値から、現在も自艦が強烈な時空歪曲場内に囚われている可能性が高い。


本来なら時空歪曲場からの脱出を試みる所だが、時空歪曲場内で機関部を稼働させるなど、機関部暴走による爆散が目に見えている。

そのため、惑星資源探査艦搭載支援AIは機関部を稼働しなかった。


だが、機関部を稼働できないために補助電源だけで力場相殺フィールドを最大出力で張っており、補助電源の残存エネルギーは急速に失われつつあった。

やがて徐々に低下して行くフィールド出力。

発生している力場を相殺しきれずに、きしみ出す船体フレーム。


惑星資源探査艦は大気圏内の飛行に重点が置かれているため、翼を持っている。

トゥアハー・デ・ダ〇ンにデルタ翼とV字尾翼を取り付けたようなフォルムだ。


まずは構造上脆い、各翼がひしゃげ始めた。

次に、艦尾の推進用噴射口がつぶれた。

これで宇宙空間・大気圏内共に飛行能力を失った。

そして船体の基幹フレームにも歪みが生じ始めた。


だが、朗報もあった。

母艦の爆散で吹き飛ばされたために、機体が回転しながらも慣性によって時空歪曲場を離れつつあったのだ。

探査艦は、残存エネルギーぎりぎりで時空歪曲場の影響下を離れた。


AIはこの時点でエネルギーの確保を優先したが、フレームに歪みが生じるほどの力が加わった機関部は、整備せずに稼働すれば爆発の危険性がある。


AIは搭載されている作業用ロボットに機関部を点検させようと、作業用ロボットの格納シャッターを開けようとするも、シャッターが動かない。

歪みによる動作不良の可能性を考慮し、内部からのシャッター破壊を作業用ロボットに指示したが、それすら応答がなかった。


重要区画であるAIルームと違い、作業用ロボットは緩衝材に守られてはいない。

おそらく限界を超えた荷重に晒され、故障してしまっているとAIは判断した。


次にAIが試みたのは、ソーラーパネルによる電力確保。

だが、艦が回転している状態でソーラーパネルを展開すれば、遠心力でパネルのアームが破損しかねない。


そこでスラスターでの姿勢制御を試みた。

ガス噴射スラスターなら、万一故障していても爆発はしないからだ。

スラスターはなんとか動作したものの、艦の漂流スピードはかなり速いらしく、スラスター用ガスの枯渇を懸念して艦の回転だけを止めることにした。


そしてソーラーパネルを展開しようとしたところ、四か所ある外部シャッターの内、二か所しか開かなかった。

開いた二か所の内の一つも、パネル展開用アームが動作せず、展開できたソーラーパネルは四か所あるうちの一つだけ。

さらに、現在位置は恒星からかなり遠いようで、発電量は非常に少なかった。


各種センサー類も故障したりダメージを受けたりしていて光学観測すら困難だったが、進路上に大きな障害物は無さそうだった。

また、ソーラーパネルの発電量がほんの少しずつ上昇しているので、電力確保のためにもAIはこのまましばらく漂流することにした。


そして現状把握に努めた結果、自艦の機能の七割以上が使用不能で、修理手段さえ無いことをAIは認識した。


何より致命的なのが、修理用パーツが保管されている資材庫へのアクセス手段が無いこと。

AIルーム、資材庫、食料庫は、ブリッジと共に重要区画とされており、大きな衝撃を受けた場合はドアが緊急ロックされてしまう。

緊急ロックの解除は、乗務員による手動操作だ。

自身の手足となる作業用小型ロボットが使えず、メンテナンスルームの作業アームも動かず、資材庫ドアの手動開閉すらできない。

つまり乗務員の協力が無ければ、AI自身にはどうすることもできない状況なのだ。


漂流すること約一年。

AIは少し回復した電力を使い、動作可能だった医療ポットの手術用アームで医療ポットを一つ分解して材料にし、原始的な小型作業ロボットを作り上げた。

しかし流用したモーターのトルクが低く、正規の作業用ロボット格納庫のシャッターは修理不可能だった。

原始的な小型ロボットに出来た事といえば、工学観測機器の再調整くらいだ。


その再調整した観測機器から得られた情報では、このままの進路だと恒星に衝突するということ。

そしてスラスター用ガスの残量では、恒星への衝突は避けられても、恒星を周回する大型惑星の重力圏からは逃れられないという計算結果だった。


AIは自艦の保全を優先し、残存エネルギーによる各種防御フィールドを展開しての、惑星への不時着を選択した。

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