東国の行動予測
そのころティナは、領主館の執務室でクラウとアルノルトと共に、難民キャンプへの兵の人員配置を相談していた。
そしてアルから、侯爵領での戦いの結果を聞いた。
「ティナ、上納金強制徴収軍が瓦解して敗走しました」
「……は?」
「いやはや、私も驚きました。こんなシュミレーション結果はありませんでしたよ」
「いや待って。いくら籠城側が有利だからって、七千対三千でしょ。しかも上納金強制徴収軍は各地で食料を強制徴収して食料豊富な上に、国軍なんだから中央から兵の補充も可能でしょ?」
「どうも行軍に必要な食料を残して、後は王都に送っていたようです。しかも行軍時の食料管理が杜撰で、大規模な食中毒が発生していました」
「いや、お待ちくださいアル殿。軍が行軍時に食中毒ですか? そんな愚かな行軍、ありえませんぞ」
「そうなんですが、実際起こってます」
アルは上納金強制徴収軍の野営地となっていた場所を空中に映し出した。
そこにはおびただしい数の兵が腹を抑えて倒れ込み、まともに立っているものは全くいなかった。
あまりの光景にクラウが絶句したため、アルはすぐに映像を消した。
「ありえませんぞ! 誰も介抱しておらぬではありませぬか!!」
「彼らは置き去りにされました。軍の本体はすでに瓦解して、散り散りに敗走しています」
今度は侯爵領領都での戦いのリプレイが、空中に映し出された。
「なぜ籠城している町に、わざわざ兵力を分散して攻撃する?」
「侯爵軍を逃がさないためのようです」
「それこそありえません。籠城戦で町を囲むのは、兵力が潤沢な場合のみ。一兵卒でも分かる道理ですぞ」
「それを理解出来ない者が指揮していたのでしょうね」
「なんと愚かな…なあっ!? なぜそこで逃げる!? 後方に現れた伯爵領領兵は交戦の意思を示しておらんぞ!?」
「うわ~、あの馬に乗って逃げてるの、いい服着てるから多分指揮官だよね。真っ先に逃げてるじゃん」
「指揮官がなんということを…。これでは死んでいった兵たちが浮かばれませんぞ!」
「アルノルト、どちらかと言えば、この敗走した方が敵側なのですが…」
「そうかもしれませんが、それでもこれはあまりに…」
「アルノルトさん、気持ちは分かるけど、今は対応策を考えなきゃ」
「さ、さようでございますな。……こうなると向こうは、後方で兵を補充しての立て直し後に軍を再編してからの再戦でしょうか」
「期間はどれくらいかしら?」
「早くとも一か月以上はかかるでしょうな」
「それだと雪が降り始めるから、来年の春までは無理じゃないかな?」
「追加情報を加えた上でティナの意見も聞きたいのですが、いいですか?」
「いいよ。追加情報って?」
「この敗走した上納金強制徴収軍、元々は王都周辺の中央貴族の兵のようです」
「はあっ!? それって本来は王都を守る兵力じゃないの? しかも今回辺境の領軍をつぶして回ったんでしょ。辺境の兵力無くした上に王都の守備力まで瓦解させちゃったら、周辺国黙ってないって!? アル、つぶされた辺境って、バンハイムのどっちの方?」
「南と東です。さらに南は魔の森と山脈、東は他国になります」
「アルノルトさん、東の国って、バンハイムと仲いい?」
「あまり農地の無いランダン王国という国で、バンハイムは高値で食料を売っていると聞いております」
「うわ、侵略されるかも。そうなったらバンハイムの王都が落とされるか、王都の手前まで東の領土を盗られる可能性あるよね」
「やはりそう考えますか。その場合対処方法は?」
「無事な戦力を王都から西に集めて東は諦める」
「それでは王都も落ちますよ?」
「どうせ王都は立ち行かなくなるよ。南部と東部でがっぽり小麦を強制徴収しちゃったんだよ。じゃあ来年蒔く種は?」
「農民は冬越しのために、来年蒔く小麦の種まで食べるでしょうな。来年の小麦の作付けは、絶望的に少なくなりますぞ」
「冬小麦は蒔いた後だから何とかなるだろうけど、春小麦は激減するだろうね。だからバンハイム王都とその周辺では、来年後半記録的な食料不足になって、多分バンハイム王国は崩壊する」
「多くの民が巻き込まれますね」
「そうなるのは来年後半よ。それまでに、どれだけ備えられるかがカギになると思う」
「なるほど。では東部はどうですか? ランダン王国の侵略があれば、東部の農民は悲惨な結果になるのでは?」
「そうかなぁ? ランダン王国は農地が足りない。侵略して来たとしても、得た農地耕すのは誰?」
「バンハイム王国の三割近い農地ですから、ランダン王国の民では足りませんね」
「そうなのよ。だから元々居た農民を使うの」
「ティナ、それって農民が奴隷にされるということですの?」
「その可能性もあるけど、奴隷って実は生産性低いから、賢い王なら自国民に帰化させちゃうと思うよ」
「命令されて延々と働くのに、生産性が低いのですか?」
「だって、いくら働いても自分が豊かにはならないもん。だから仕事が雑になるし、一生懸命頑張ったりはしないよ。しかも粗食で調子悪くても休めないから、どんどん人数減っちゃうし」
「……そうかもしれませんね」
「あのねクラウ、クラウが気にしなきゃいけないのは、シュタインベルクの領民だけだよ。それ以上に手を広げると、他領の民に使った分、シュタインベルクの領民に使える時間が減るんだよ」
「……でも、ティナは難民を助けようとしてますわ」
「してないよ。他領の難民のせいでシュタインベルクの民やクラウたちが苦しめられるのが我慢出来ないから、影響を最小限に抑えようとしてるだけ。極論を言えばシュタインベルクに入ろうとする難民なんて、壁を作って入れないようすれば楽なの。だけどそんなことしたら、自分たちだけ食べ物持ってるって恨まれるし、シュタインベルクが苦しくなった時に誰も助けてはくれない。だからせめて、与えた食料と使った労力分くらいは働いて返してもらえるように考えてるだけ」
「…わたくしの考えは、まだまだ浅いですわね」
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