初めてのスタンピード
朝、領主館に出勤途中だったティナは、アルから緊急報告を受けた。
【ティナ、ナンセ村付近の森で魔獣が異常に増加しています】
「異常ってどのくらい?」
【先月の観測に比べ、五倍ほどです】
「うわ、スタンピードかも。クラウに相談するよ」
【了解です。付近のドローンを向かわせ、データを詳細分析します】
「うん、お願い」
執務室に駆け込んできたティナから報告を受けたクラウの行動は早かった。
妖精ランタンで旧都のベルノルトにナンセ村救援の指示を出し、カーヤには領都から応援部隊を率いて向かうよう命じた。
次にティナに頼んでナンセ村と通信を繋ぎ、旧都への避難指示を出した。
執務室には森の魔獣や村、旧都と領都からの部隊の様子が空中に映し出され、さながら作戦指令室のようになっていた。
旧都からナンセ村までは約30kmだが、領都からは120kmもある。
旧都からは騎馬部隊が先行し、カーヤも単独で三輪ジーネで先行していた。
だが、事態の推移は思ったより早かった。
森から村に向けて、魔獣が疾走を始めたのだ。
【ティナ、中型大型のドローンは領都からの移動なので、間に合いそうにありません】
ティナの眼には、ゲームのようなマップがレイヤーされ、ドローンが青、部隊や村人が緑、魔獣が赤で表示された。
村周辺には、小さな青い光点が森に二つ、村内に四つしかない。
他の青い光点も村に向かってはいるものの、赤い光点の方が先に村に到達しそうだ。
【ティナ、小型ドローンのレーザー出力では、最大出力でも強い魔獣にはやけどを負わせるのがせいぜいです。最大出力の連続発射では、バッテリーも二十分ほどしか持ちません】
【森と村のドローンで魔獣の目に通常レーザー、鼻にしみしみ×マーク。液だけでいいから】
【魔獣には魔力コーティングのような防御膜がありますが、効きますか?】
【目が見えるんだから光は網膜まで通るはず。鼻だって匂いを嗅げるんだから、しみしみ液も効くと思う】
【了解です】
空中ディスプレイには、森から出た魔獣たちが次々と転げまわる姿が映し出された。
やはり光と匂いは防御膜を通過するようだ。
ティナの眼には、HPMPゲージのように、しみしみ液タンクの残量とバッテリー残量が表示された。
「すごい。これなら村人も助かりますわ!」
「ぎりぎりだよ。妖精にも限界があるから、応援が駆け付けるまで持つかどうか…」
「そ、そんな…」
「クラリッサ様。妖精様のご助力が無ければ、本来はもう村人たちが襲われているのです。それが避難を呼びかけられて村人たちは逃げ出せ、村もまだ襲われてはおりません。充分なご助力にございます」
「…そう、ですわね。また奉謝の気持ちを忘れる所でしたわ」
魔獣の前線はじりじりと進み、徐々に村に近付いていた。
やがてしみしみ液の切れたドローンが出始め、レーザーが多くなってきた。
「染みる液が切れたみたい。後はあの閃光でどこまで抑えられるか…。他の場所にいた妖精も駆け付けてくれてるけど、タイミング的にはほんとぎりぎりみたい」
「我々には、もう祈る事しか出来ませんな。クラリッサ様、いかがですか? これが戦いと言うものなのです」
「見ているしか出来ないことが、これほど厳しいとは思いませんでしたわ。あの場にいた方が、よほど気持ちが軽そうです」
「今後もこのような事が幾度かございましょう。これも領主家の務めにございます」
「心しますわ」
魔獣の群れは、もう村のすぐそばまで来ていた。
しかし、ここで大型ドローンが一機、村に到着した。
大型ドローンは、一日中工事や掘削が可能なように設計されており、バッテリーは強力だ。
大型ドローンは、有り余るパワーで魔獣を屠り始めた。
強力なレーザーで魔獣の頭部に穴を空け、村に抜けようとする魔獣を脚部で殴り飛ばしていく。
バッテリーの切れかけた小型ドローンは、大型ドローンからバッテリーを再チャージして戦列に戻る。
レーザー出力は低くとも、最大出力で魔獣の目を焼き、戦闘力を奪っていく。
各地から来たドローンも次々に戦列に参加し、前線を徐々に押し戻し始めた。
「ふう~。なんとか強い妖精の応援が間に合ったみたい。魔獣の後続も減って来てるし、なんとかなりそう。魔獣はまだ生きてるの多いけど、目をやられて回復に時間がかかるはず。これで兵士さんたちが来れば、討伐は出来そうだね」
「先行している騎馬隊は十二騎ですが、いずれも魔獣討伐に慣れた者ばかり。目をやられた魔獣なら、討伐も容易いでしょうな」
「……あなたたち、すごいわね。わたくし、力が抜けて動けませんわ」
「私は修道院で何人も餓死させられた人を見送ってるから、死に対する感覚がマヒしてるのかも」
「…私は何度がスタンピードを経験しております。見送ったものも多いですからな。それよりクラリッサ様、逃げている村人たちをその場で待機させましょう。もうすぐ合流する歩兵の半数を護衛に付け、今夜はその場で野宿ですかな」
「もう少しだけ待って。こんな情けない姿を領民に見せるわけにはいきませんわ」
「承知いたしました。お茶をご用意いたします」
「お願いするわ。喉もカラカラよ」
空中モニターには、目が見えずふらふら歩く魔獣が次々に強い閃光によって額を射抜かれ、魔獣の絨毯が出来上がりつつあった。
やがて騎馬隊が村に到着し、魔獣の絨毯を見てしばらくは呆けていたものの、ディルク団長の指示を受け、まだ生きている魔獣たちに止めを刺し始めた。
昼前、カーヤが到着したころには、魔獣の討伐は終わっていた。
ティナは妖精が疲れているから休んでもらうとディルクに伝え、ドローンには森に隠れてソーラー充電するように指示した。
残念ながらソーラーでの電力回復量は少量ずつだが、少しでも電力を回復して移動とインビジブル機能をある程度使えるようにしなければ、ドローンが発見されかねないからだ。
バッテリーに余裕のあるドローンは、森の調査と充電中のドローンの警護、万一魔獣の後続がいた場合の対応戦力だ。
ディルクは騎馬の伝令を出した。
村の安全は確保出来たと判断し、領都からの歩兵応援部隊は半数を帰還させ、村人たちには残り半数の兵と共に村に戻るように指示した。
やがて村に戻って来た住人と警護の兵は、建物のすぐそばまで敷かれた魔獣の絨毯に、顔を引きつらせていた。
ディルクの指示で兵士と村人が魔獣の処理に当たったが、当日では処理しきれなかった。
なので翌日も朝から総出で魔獣の解体。
村人たちは魔物の死体を運び、兵士が解体して毛皮と肉、魔核に分ける。
村の畑はかなり荒れ、蒔いたばかりの春小麦は、半数が植え直しだろう。
解体した魔獣は毛皮も肉も売れるので、村の財政補填と兵の派遣費用充足に使われる。
魔核は討伐した者の戦利品なので、魔核の大半は妖精の戦利品として領都に運ばれることになった。
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