感染予防

その後シャルト共和国でのインフルエンザ患者数は、四日ほどは報告が無かった。

これは流行の最初期段階だったことに加え、発症までに潜伏期間があること、通報方法に住民が慣れていなかったためだ。


この四日間で製造した特効薬を、ある程度医療関係者や国境警備の兵に与えられたので、何とか最低限の防疫体制は構築出来た。

そして五日目に初めて感染者の報告が入ると、日を増すごとに感染者数が増えて行った。


それでも当初の感染者報告は少なかったために、日産五百本の特効薬は余り、半数をパンデミック対応時の在庫に、残り半数は医療関係者や感染者を運ぶ兵士、領政や国政を運営する者たちに与えられた。


だが、二週間もすると医療チームがひとつでは対応しきれなくなり、バンハイムの監査官用高速ローバーを借り入れて動ける医療チームを増やしていった。


そして感染者数は、四週間目に特効薬の生産数を超えてしまった。


これは防疫体制が機能しなかったのではなく、住民の意識の低さが原因だった。

当初からマスク代わりの当て布と手洗いを推奨していたのだが、住民たちは面倒がって対応しなかったのだ。

しかも咳やくしゃみを人が多い場所でも当て布無しでしていたために、感染は広がっていった。。


ここでティナは強硬策に出た。

人が多い場所で感染を広げるような行為をした者の映像を、顔にモザイクを掛けただけで悪例として報じた。

また、口に手を当てて咳をした者がドアの取っ手に触れた場合、取っ手の触った部分に色を付けて、次に取っ手に触れた者の手に色が移る映像も流した。

ご丁寧に、色が付いた手でパンを持ち色の移ったパンを食べる映像まで公開した。


この映像と同じ行動をしていた者たちは、自身の映像が公開されては周りから糾弾されると、慌てて当て布や手洗いを始めた。

また色付きのパンを食べる映像を見た者は、毒を食べるような気分になって、食事前の手洗いを率先して行うようになった。


ただこの映像、登場人物や背景は全てアルの創作。

まかり間違って感染を広めた犯人探しなどされないよう、服装も奇抜な架空の人物に顔モザイクをかけていた。

ティナは、感染を広める行為をすると映像で公開するぞという暗喩で脅しをかけたのだ。


西部同盟でインフルエンザが流行した時は、流行以前に妖精王国として食料や燃料の無償支援を行っていたため、住民が妖精に向ける信頼度が高かった。

そのためにティナの感染予防チラシは受け入れられたのだ。


だがシャルト王国では、横暴な貴族と接していた者は妖精王国に感謝しているが、普段から貴族と接していなかった農民たちは、あまり妖精王国のありがたみを実感してはいなかった。

税を減らして三割にすると言われても、実際には納税時期ではないために、まだ実感出来ていないのだ。


ドローンによる川の浚渫や護岸工事も、大雨で決壊したわけではないからありがたみが感じられない。

しかも物価が徐々に安くなっているので、農民たちは作物の買取価格を下げられるのではと恐れてさえいた。


今回の感染拡大は、妖精王国の良さが住民全体にまでは広がっていなかったことが拍車をかけたのだろう。

正道であれば住民に妖精王国の良さを実感させることから始めるべきだが、今回悠長にそんなことをしていては、感染拡大が抑えられない。

そのためティナは、架空の吊し上げ的映像での強硬策に踏み切ったのだった。

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