宙へ

ティナがシスティーナ御所に籠り始めて一か月、ドック周辺では秋の気配が濃くなってきた。

ティナは御所の各部屋を泊まり歩き、各施設を充分に堪能していた。


【ティナ、新造艦が完成しましたよ】

「え、マジ?」

【はい。先ほど、最終チェックをクリアしました】

「やった! 月旅行に行ける!!」

【ですが、シュタインベルク領のドローンが操作不能になりますよ】

「あ。そうだよね、遠すぎて通信出来ないか。……あれ? そうするとカルデラ島にも行けない?」

【カルデラ島からですと、ドローンへの直接通信の場合は遅延操縦になりますね。ですが艦が大気圏外航行可能になりましたので、中継衛星を軌道に投入しつつ移動すれば、遅延はほぼ無くなります】

「ああそっか。飛べるんだから回収できるもんね。じゃあ月までもそれで行けない?」

【さすがに距離が遠すぎますから、画像を確認してからの操縦の場合、三秒ほどタイムラグが発生しますし、中継機の台数も千台ほど必要です】

「わお、一度月を見に行くだけで千台はもったいないな。…仕方ないや、月旅行はもうしばらくお預けだね。でも、カルデラ島は行ってもいいよね?」

【はい、問題ありません。一旦衛星軌道に上がって中継衛星を軌道投入しつつ移動しますので、到着まで一時間程度ですね】

「早いね。でも、中継衛星って作るのに時間かかるんじゃなかったっけ?」

【それは小型宇宙艇の場合です。艦での投入と回収が可能になりましたので、ドローンに中継器を持たせれば代用出来ますから】

「ああその手があったか。じゃあ夜間飛行になるから、今から寝ておくよ」

【了解です】


こうしてダーナと名付けられた新造艦の処女航行は、中継衛星代わりのドローン軌道投入と、約3,000km離れたカルデラ島見学になった。

艦名の由来は、例のアニメの潜水艦に似たシルエットで全長が倍以上大きいため、トゥアハ・デ・ダナーン神族の母神ダナからいただいた。


日没後アルに起こされたティナは、食事を済ませて新造艦ダーナに乗艦した。

旧艦と同じレイアウトではあるものの、真新しく損傷個所も無い艦内に、ティナは感慨もひとしおだ。


「どこも壊れてない! 全部新品!」

【旧艦はかなりの損傷でしたからね。しかも電力不足で、動く装置類さえほとんど停止してましたし】

「そうだよね。ちょっと幽霊船みたいな雰囲気だったもん」

【あれだけ損傷していると、普通は廃棄艦ですからね。ですが旧艦も、一応修理は続ける予定ですよ】

「あ、そうなんだ」

【ええ。信頼性の微妙な部品を抜き取って新造艦に使用するより新造した方が確実だったので、AIコアブロック以外ほとんどの部品がそのままです。スクラップにするより、時間をかけてでも予備艦にした方が有効活用できますし】

「予備なのに有効なの?」

【例えばカルデラ島を基地化する場合など、現地に予備艦を置いてドローンを現地制御させれば、作業効率が段違いですから】

「ああ、そういう使い方なのね。あ、月旅行に行っても、予備艦あればドローンの指揮任せておけるね」

【はい、そのつもりです。ですが修理完了までに、あと一年はかかりそうです】

「いいんじゃない。早急に必要なわけでもないし」

【そうですね。あ、ティナ、ブリッジに上がる前に、艦長室で宇宙服に着替えてください】

「え、着替えなきゃだめ?」

【はい。艦内を加圧しての気密テストはしてありますが、この艦が実際に宇宙に上がるのは初めてですから、安全性の確保には必要です】

「は~い」


艦長室に入ってアルに着方を教えてもらいつつ着替えたティナだったが、初めての宇宙服はお気に召さなかったようだ。

宇宙服自体はティナの身体に合ったサイズだが、生命維持ユニットやスラスターはさほど小型化出来ないために大人とほぼ同じサイズ。

しかも宇宙服内部気圧は減圧不要な一気圧を確保し、さらに断熱層もあるために分厚い。

はっきり言って、着ぐるみが大きなランドセルを背負っているようにしか見えなかった。


一旦は完全に着替えたティナだったが、息苦しさと動きにくさに耐えきれず、小型作業艇への搭乗を要求した。

この作業艇は、宇宙空間で艦が損傷し、ドローン操縦も出来なくなった場合の有人作業艇。

気密喪失時の艦内作業にも対応出来るように作られているため、ドアを通れるサイズながらも真空空間に対応している。


見た目は、ガチャカプセルに四本の手と足を付けたような形状だ。

ほとんど使われる可能性の無い装備だが、ちょっとタチ〇マに似ているので、ティナの記憶にしっかりと残っていた。


平服に着替え直したティナは、にこにこ顔で小型作業艇に乗り込んだ。

遠隔での配車(配艇?)を断り、わざわざ格納庫まで出向いて乗り込み、艦内をドライブしながら艦橋にたどり着いた。


「この子すっごい操縦しやすい! 三百六十度操縦席が回転するから、どの方向にも自在に動けるよ」

【元々狭所作業用の機能ですからね。反重力デバイスを使用すれば、上下左右全方向への移動が可能です】

「ちゃんと覚えてるけど、あれは酔いそうな気がするよ」

【高速移動前提ですか。狭所作業用ですからゆっくり動くのが当たり前ですよ】

「あ、うん、そうだったね。空中を全方向に移動しながら飛べたら楽しそうだなって考えちゃってた」

【加速度キャンセラーはありませんので、そんなことをすれば乗務者はシェイクされますね。もっとも、その前にリミッターが働きますが】

「あはは、そうだった。ところでさ、そろそろ発進しない?」

【すでに発進してますよ。現在高度236kmです】

「なぬ!? いつの間に!?」

【飛行プランと操縦は任せるとのことでしたので、プラン通りに発進しました】

「あ、うん。確かにそう言ったね」

【滝つぼ脱出の際とは違い安全性が確保出来ている状態でしたので、改めての確認はしませんでした。外は暗闇ですので、見るものもありませんよ】

「うん、夜だったね。見るもの無いや。でも加速度を全く感じないなんて、重力デバイスって優秀だね」

【中和可能な加速度の、二十分の一ほどしか使用していませんよ】

「とんでもスペックだった」

【通常仕様です。もう少し高度が上がれば昼の部分が見えますので、その時はお知らせします】

「うん、お願い。で、異常報告無いから問題出てないとは思うけど、艦の調子はどう?」

【現在まではシュミレーション通りの結果です】

「すごいね。この艦は初めて飛ぶのに、問題出てないんだ」

【部品の製造時に全数検査してますし、組み立て後も再検査済みです。その検査データを基にシュミレーションしているのですから、問題が出る方がおかしいのです】

「すごいな。それじゃあ不良個所なんて出そうにない……ねえ、なんで宇宙服着せようとしたの?」

【過酷な環境である宇宙空間の場合、安全策は二重以上取るのが当然ですから】

「極少の事故確率にまで対処してたら、無駄が多くならない?」

【それでも母艦は爆散しました】

「あ。……ごめんなさい」

【いえ、ご理解いただけたようで何よりです】


忘却することが出来ないAIのアルにとっては、母艦の爆散は遥か過去の薄れた記憶ではないのだ。

そのことに気付いたティナは、過保護な親のようなアルのお小言も、もう少しまじめに聞こうと反省した。

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