閑話 シュタインベルク家、奮闘す

アルやティナからの支援を最低限にしようと活動を始めたシュタインベルク家は、まず最初に使用人を追加募集した。

なるべく若く、そして人柄重視の採用基準で集まった使用人は、なんと五百人。

旧シュタインベルク領時代の使用人が領兵を含めて総勢五百人ほどだったので、ほぼ倍増である。


ただ、今回採用した使用人は、これまでとは男女比も業務内容も違っていた。

まず、追加採用者のうち三百人ほどは未婚女性。

そして全員の業務内容は、普段は通常の業務を行いながら、緊急時は兵士として従軍する契約になっている。

屯田兵に近い運用形態だ。


だが通常業務は開墾ではなく、甜菜栽培と砂糖製造、寒冷地仕様の綿花栽培と紡績だ。

甜菜畑は第二城壁内側の拡張エリアにも広げ、既存の第一城壁内側の甜菜畑とは植え付け時期をずらし、今ある砂糖精製工場の連続稼働で精製を可能にする。


綿花は、アルが地下畑用に品種改良(実は遺伝子組み換え)した寒冷地用綿花を栽培する。

旧都近くの気候なら屋外でも二期作が可能なため、インフルエンザによる病死や新都への移住で働き手のいなくなった小麦畑を、綿花栽培用に転用するのだ。


紡績はアル設計のジェニー紡績機を木工職人に作らせ、第二城壁内部の空きエリアを紡績工場化し、水車動力で糸を紡ぐ予定。

そして足踏み織機を半自動化させて布を織る。

綿花を売るのではなく、布製品にして価値を上げて販売する構想だ。


兵士としての訓練は、数十人単位で定期的に魔獣狩りに同行させ、買い上げた魔核で天祐式をクラウが行い、ゆっくりとレベルアップさせていく。


領全体の作物生産高はアル製肥料のおかげもあって二割増し程度だが、加工品として砂糖と綿製品を販売した場合、売り上げ金額は恐ろしいものになる。


なにせ砂糖も綿製品も、南の大陸の温かい国でしか生産されていない。

シュタインベルク領の近隣国では、すべて輸入で賄っている。

海路プラス陸路での輸入なので、輸送費の乗った製品価格はバカ高い。

そこにシュタインベルクが、輸送費の少ない低価格を武器に、輸出国として割って入る。


上乗せされる輸送費は、陸路での中短距離輸送費のみ。売れて当然だ。

なにせ第一城壁内の甜菜畑で作った砂糖だけで、領の財政は潤ってしまっていたのだ。

砂糖が倍増する上に綿製品まで加われば、利益はどれほどになってしまうのか。


綿花を栽培することで主食である小麦の生産量は減ってしまうが、バンハイム王国に小麦で物納していた上納金が無くなっているのだから、領に残る小麦の量は却って増えてしまっている。


実質増えた小麦で領の食糧事情は安定し、砂糖と綿製品、ついでに魔獣の素材を頻繁に買いに来る商人が領に金を落としていくのが現状だ。

そこに、増産した砂糖と綿製品での利益を上乗せしようと言う計画である。


実はこれ、アルやティナがシュタインベルク家と相談していた既定路線。

アルが行う予定だった甜菜畑の拡張と綿花栽培を、当初から人力で行うことにしたのだ。


しかし、いきなり五百人もの使用人を雇用したシュタインベルク家は、事務処理と人員配置、各種の指導に忙殺された。


「アルノルト、人員の振り分けは出来て?」

「何とか終わりました。しかしポーション工房からの要望で、錬金術師見習いとして二十人の女性を配置することになりました」

「は? 二十人も?」

「ええ、二十人もです。ティナ様が開発されたマナポーションの売れ行きがとんでもないことになっており、現在の人員では全く対応出来ない注文数でした。このままでは錬金術師全員が倒れると、鬼気迫る勢いで訴えられまして」

「……とんでもないわね」

「原因が三輪ドライジーネの普及にあるらしく、木工工房からも十人の見習い要求が来ておりましたので、そちらには男性を振り分けました」

「…そう、ご苦労様。旧都の綿花畑はどうかしら?」

「アル殿からいただいた資料を基に農家出の兵士数名を指導員として育成し、旧都に派遣することで指導体制はなんとかなりましたが、およそ二百人の住居が問題です。新都への移住で多く出た空き家に振り分けておりますが、いまだ振り分けは終了しておりません」

「…住居の振り分けはベルノルトの担当でしたね。助手として兵を五人ほど付け、統率と案内をさせなさい」

「承知しました。あ奴も助かるでしょう」

「一度に二百人も受け入れては、住居の割り振りだけでも一苦労なはずよね。この町には三百人受け入れてるのに、住居は問題なく割り振れたわ。第二城壁って、本当にすごいわね」

「ティナ様の先見の明には驚きを禁じえません。領主館で部屋番号札を順に渡すだけで住居の割り振りが終わるのですから」

「入居図表と案内板でしたか。たったあれだけのことで事務作業が格段に速くなるのですから、いずれは旧都にも取り入れるべきよね」

「確か丁目と番地でしたか。この忙しさが終わったら、ベルノルトに整備させます」

「そうね。カーヤはどうしていますか?」

「現在は新人二十人を連れて森に入っております。戻り次第ユーリアとポーション工房を手伝いに行くそうです」

「ユーリアには紡績工場をまかせているのよ。大丈夫かしら?」

「紡績工場は綿花が育ってからの稼働になりますので、まだしばらくは余裕があるかと」

「そうでしたわね」

「ご領主様は、そろそろ天祐式のご準備をお願いいたします」

「そうね。妖精教会へまいります」

「承知しました。ディルク団長、護衛の手配を」

「は。了解です」


その後アルノルトは書類に埋もれ、カーヤとユーリアはポーション工房で魔力切れ近くまでマナポーションを作り、クラウは教会の二人と共に天祐式の祭事に追われた。


その日も、シュタインベルク家の首脳陣が眠りについたのは、深夜だった。

シュタインベルク家のブラック化は、いまだ始まったばかりである。

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