閑話 食は王国の枠組みよりも大切 1/2

ティナたちが去った翌日に開かれた御前会議。ランダン王国国王は、昨日のパーティーの折に招待したバンハイムの国主への、合併反対派による暴行未遂事件の詳細を明かした。

糾弾された侯爵と子爵は勘違いしたと言い訳するものの、国王がバンハイムの国主として紹介した者への暴行未遂は、動かしがたい事実だ。


国王派や中立派が死罪を求める中、ハルトムートが筋書き通りの発言を始めた。


ハルトムートの発言で、自国がいかに危うい立場なのかを思い知る議場の面々。

一体で兵士七百人分の力を持つ機械妖精に対抗するなど、王国国民全員が戦っても無理ではないか。

それは、ランダン王国の滅亡を意味している。


今回バンハイム側は、ランダン国王に招待されてパーティーに出席している。

その公式の場で、事もあろうに招待した国の侯爵と子爵が、バンハイムの国主を給仕扱いし、身分を明かしているのに殴りかかっている。

国としてこれほどの失態はそうそう無く、多大な賠償を求められても仕方が無い状況だ。

もし賠償を拒否などすれば、報復としての軍事行動が容易に想像出来てしまう。


共和国となったバンハイムは、今までランダン王国に対して友好的だった。

だが国主を侮辱されて襲われれば、敵対するのが当然だ。

そうすると加害者の助命要請すら、違う意味に見えて来る。

『加害者を長く苦しめろ』

こちらの意味が当然と思えるのだ。

議場の貴族や高官たちは、絶望的な状況を理解して重く沈んだ。

合併反対派の貴族など、もう顔面蒼白な状態だ。


ハルトムートは、自身が想定した以上に落ち込む面々を見て戸惑った。

ここまで絶望を露わにされるとは予想していなかったのだから。


ハルトムートの想定が外れた理由は二つ。

ひとつは、以前にハルトムートが行ったプレゼンが効果的すぎた結果、妖精王国の国力や武力を、ランダン王国の貴族や高官がしっかりと認識してしまっていたこと。

ただこの時点では妖精王国やバンハイムが友好的、理性的な対応だったために、絶望するほどの危機感を持たれていなかった。

それが敵対されるような事態が起こったことで、矛先がランダン王国に向いたと感じてしまったのだ。


そしてもうひとつは、お見合いツアーメンバーだけがティナの性格を知っていたこと。

ツアーメンバーたちはティナを仲間に近い感覚で捉えていたため、今回の事件程度では軍事行動など起こさないと確信してしまっていた。

だが、ティナとほとんど接していなかったランダン王国の貴族や高官たちは、国同士の標準的な対応で判断してしまった。

自分たちが逆の立場なら、やり過ぎるくらいがちょうどいいと。


絶望に支配された議場に落ちる重い沈黙。

ハルトムートは話を進めることを躊躇した。


だがここで沈黙を破った者がいた。

クリストフが場違いな明るい声で問いかけたのだ。

「皆さん、昨日のパーティーの食事と今朝の食事、比べてしまいませんでしたか?」

会場の面々は、この絶望的な状況で何を場違いな発言をと怒りかけたが、同時に今朝摂った食事で感じた悲しさを思い出して言葉を詰まらせた。


「ティナ様はあの料理の味を充分に知っていて、他の人たちにも普段から食べて欲しいと願っています。つまり、あの料理が平民に行き渡ることを阻害しなければ、多少の無礼は飲み込んでくれます。どうですか? ティナ様が提案されたバンハイムとの合併に乗れば、そう遠くない将来、あの料理が一般家庭でも食べられるようになりますよ?」


続けられたクリストフの言葉に、議場の面々は唸った。


あれほどの料理が一般家庭でも食べられる? その言葉は常に食料不足に喘いできたランダン王国にとって、魔法のように思えた。


いくら権力を持って金を稼いでも、今のランダン王国ではあの食事は手に入らない。

あの食事が毎日食べられるなら、自分たちは何をおいても妖精王国の進言に乗りたい。

しかも先ほどの絶望的な状況すら進言に乗れば回避出来、あの料理が一般家庭でも食べられるようになる。

それは、民たちからどれほどの感謝を得られるのだろうか。


まずは食料確保に四苦八苦している領主たちが、バンハイムとの合併に賛成した。

食料確保の苦難から逃れられるだけでなく、あの料理を領民にまで与えられるなら、領主から代官になってしまうことくらい些細なことに思えたのだ。


次に賛成したのは高官たち。

どの部署でも食料確保のために予算を大幅に喰われ、残った少ない予算で必死にやり繰りする毎日。

身を粉にしてまで頑張っているのに、不味くて少ない食事だといつも文句を言われる。

昨日の食事を味わってしまったら、これでどうだとあの食事を味わわせたくなる。

あの食事なら、文句どかろか感謝の嵐になりそうだ。


ランダン王国という枠組みに囚われて自縄自縛に陥っていた面々は、雪崩を打つように合併に賛成した。



国王がバンハイムとの合併を宣言したことで御前会議が終了すると、クリストフの提案で会議出席者に乾燥食料の食事が提供された。


昨日のパーティーでの料理には劣るものの、普段食べている食事より何倍も美味い妖精王国の非常食。

これが妖精王国の非常食と教えられた会議出席者は、合併賛成派から推進…いや、邁進派に鞍替えした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る