アホがやらかしやがった
アルは島の調査と並行して通路やドックの掘削を始め、暇になったティナは海釣りに挑戦した。
ティナは前世今世とも釣りは初めてだったので、当初は坊主だった。
だが、たまたま釣れた小さな魚に気をよくしたティナは、海釣りにのめり込んだ。
ポーションや魔法の開発でも分かるように、ティナは基本的に凝り性だ。
自分が思い描く成果が出るまでは、手を替え品を替え、データを蓄積しながら進んでいく。
思っていた成果が出るとぱったり止めてしまうのだが、それまでの熱中具合はかなりのものだ。
徐々に釣果が上がり始め、半月もするとかなりの大物を釣り上げられるようになった。
しかし魚が食事に出始めた当初は喜んでいたが、三食とも魚がメインになったことで、徐々に釣りに飽き始めていた。
ティナが魚づくしの料理に飽き始めたころ、シュタインベルク領には危機が訪れていた。
【ティナ、シュタインベルク領に難民が流入しそうです】
「は? 難民って、バンハイムから?」
【はい。バンハイムは今、内戦状態です】
「内戦って…。国王の後継者争いにしては、ずいぶん遅いよね」
【利権争いですね。王太子が王に即位しましたが、自分の派閥である中央貴族の上納金はそのままなのに、辺境地域には五割の上納金を要求したようです】
「アホじゃないの。領の課税が三割あるんだから全部で八割にもなるじゃん。反乱起きて当然じゃない!」
【中央貴族におだてられてパーティーや夜会三昧。国庫が減り続けたために上納金を値上げしたようです】
「人のお金で贅沢して、お金が足りなくなったからもっと寄越せ? そんなの払うわけないじゃん! あれ? それなら王都付近が戦場になるんじゃないの? なんでシュタインベルクに難民来るの?」
【上納金の徴収に軍を派遣しました。軍が地方の食糧生産地を回って徴収しているため、もうすぐ隣の伯爵領北にある侯爵領近くまで来ますね】
「何考えてんの!? たとえ今までより二割多く徴収出来ても、軍の派遣費用と糧食消費で、反ってマイナスになるじゃん!」
【はい。全く計算が出来ない、ドの付く阿呆ですね】
「クラウはどう対処する気かな?」
【国境に兵を集中させて難民の流入は押し留めるようです。伯爵領が侯爵領に支援を始めていますが、このままではシュタインベルクが食糧不足に陥りますね。外から買い付けようにも買い付ける食料が無く、逆に外から来た商人がシュタインベルクの食糧を買い漁ろうとしています】
「このままじゃ暴徒化した難民がシュタインベルクになだれ込む可能性もあるわね。シュタインベルクに展開してるドローンの2/3を国境警備に当てて。私たちは一旦アオラキのドックに帰るわよ」
【日中に発進しますか?】
「今日は晴れてるから、それはさすがにまずいかも。夜に出発しよう」
【了解です。では、それまでに蓄電型発電機への充電と、燃料の液体水素の製造に注力します】
「うん、お願い。それとクラウに通信繋いでくれる?」
【了解です】
アルにクラウの執務室へ通信を繋いでもらったティナは、思った以上に状況が悪化していることを悟った。
執務机で書類仕事をするクラウの目には、はっきりとクマが出ていた。
しかも執務室には護衛やアルノルトはおらず、クラウ一人しかいない。
明らかに人手不足だ。
「ねえクラウ、お願いがあるの」
「…ティナの願いなら優先的に叶えたいのですが、現状はかなり厳しい状況です。叶えられることでしょうか?」
「アルと私に難民関係の対処をさせてください」
「それは……」
「領主家だけで対処するというクラウたちの意思は尊重したい。だけど今は非常時だと思うの。このままだと私に優しくしてくれた人たちが苦しむことになっちゃう。だから手出しさせてください」
「……」
「シュタインベルク周辺の領では、この冬を越せるだけの食糧が無くなりつつあるの。そうなったら、由一冬を越せるだけの食糧を持ってるシュタインベルクに、暴徒化した難民が押し寄せる。子どもらのために食料を求めて暴れる親を殺さないと、シュタインベルクの領民が飢えて死ぬのよ。どちらを選んでも辛い結果にしかならないわ。私は妖精の友民であるあなたたちに、そんな苦しみを負ってほしくないよ」
「……わたくしは気負いすぎていたのかもしれませんね。すべてをシュタインベルク家だけでこなさねばいけないと。ここは妖精王国に所属しており、妖精の友民が住まう領。ならば困っている友を妖精が助けることを拒んではいけませんね。ティナ、難民への対処、よろしくお願いいたします」
「ありがとう。じゃあ領主様の意向確認なんだけど、難民は受け入れず、食料支援すればいい?」
「本当は難民を受け入れたいのですが、この小さな領でそんなことをすれば、治安の悪化や食料不足は避けられませんものね」
「じゃあ提案なんだけど、難民キャンプってどうかな?」
「それは、どのようなものですの?」
「例えば国境沿いの平原の東にある森の一部を切り開いて、斜面に仮の住居を掘るの。そしてその場所を塀で囲って、そこに難民を受け入れる。そこで朝晩二回、炊き出しをするわ。受け入れ条件は、こちらの指示に従って仕事をすること。もちろん無理な仕事はさせないし、子どもは学舎を建てて親が帰ってくるまでそこで学ばせるの」
「…かなりの人員が必要になりそうですわ」
「今領境を守ってる兵を回せばいいよ。領境はアルが守ってくれるから」
「それなら人員は何とかなりそうですわ。ですが食料が圧倒的に足りません」
「それがさぁ…。アルが飢饉の時のためにって、領民を一年間食べさせられる量を、勝手に作ってた」
「………は?」
「驚くよね。領民二万を一年間食べさせられる量だよ。私、こないだ初めて知って、あきれたもん」
「……二万人を一年間?」
「そう。もうびっくりだよね」
「……アルさんって、過保護が過ぎませんか?」
「私もそう思ったんだけど、実際に今の状況になると、すごくありがたい話なんだよね」
「そう、ですわね。食糧は必要になったからと言ってすぐにはできませんものね」
「だから領の備蓄とかもじゃんじゃん使っていいからね。アルが勝手に補充するから」
「……アルノルトが頭を抱えそうですわ。消費した分が勝手に補充される食糧倉庫なんて、もうおとぎ話ですわ」
「まあ、今回みたいな非常時だけだから。それにアルは、消費されると喜ぶんだよ」
「なんですのその聖人君子のような考えは?」
「でもそれ、クラウたちにも言えることだよ。廃村に追放されたのに、夜逃げした領民たちを受け入れて助けようと頑張ってたから今の状態になったんじゃない?」
「でもそれは、わたくしはシュタインベルクなのだから当然ですわ」
「それがもうお人好しなんだよ。その仕事は本来前当主がやるべきことだよ。それを前当主がやらないからって、成人もしてない、本来庇護を受けるべき立場の、しかも追放されたご令嬢がやること?」
「…わたくしのようには動かずに、親の庇護を受けて優雅に暮らしているご令嬢が多いのは存じています。でも、わたくしはやりたかったのです」
「ほら、お人好しじゃん」
「例の大変貴重な情報や魔獣狩り専用の魔法、素晴らしい効き目のポーション作成技術をポンポン渡してくるようなティナには言われたくありませんわ!」
「私もやりたいからやってるんだも~ん」
「わたくしよりよっぽどお人好しではないですか!」
「クラウたちの方が上じゃない? 人のために身を粉にして働くなんて、私はそこまでやってないもん」
「なぜですの!? ティナの方がお人好しなはずなのに、なぜか反論できませんわ!?」
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