母の眠る地をお花畑に
修道院から出た一行を追っていたドローンからこの事件を知ったアルは、四年の間に無実の犠牲者がいなかったこともあって、ティナへの報告を決めた。
アルから一連の報告を聞いたティナは、長い間目を瞑って無言でいたが、やがて目を開いてアルにお礼を言った。
「アル、私の気持ちに配慮して、いっぱい頑張ってくれてたんだね。ありがとう」
「やはり気付かれてしまいましたか…」
「私って、無意識に修道院の事を考えないようにしてたんだね。私の後に同じような境遇で犠牲になった子がいなかったのは、単なる運でしかない。同じような犠牲者が出る可能性を考慮してなかった私は、しっかりと反省すべきだね」
「幼少期の悲惨な体験です。トラウマになって、無意識に距離を置くのは、人として仕方のないことでしょう」
「うん、これは完全にトラウマだね。あの修道院での生活を思い出すと、心がギシッてなるもん」
「ストレスホルモンの分泌量がかなり増えています。この話題は終わりにしましょうか?」
「いいえ。トラウマ克服のためにも、続けるべきだと思う」
「分かりました。ですが、ストレスホルモン分泌量が体調悪化域に達する前に、中断しますからね」
「うん、ありがとう。あの修道院、城壁だけ残して建物は壊してもらえる?」
「はつため君と大型ドローン三機で、二日ください」
「お墓のある部分は残して、周りを花畑にしたいの」
「小型ドローンも二機向かわせます。花の種類に希望はありますか?」
「色んな花が咲き乱れてるのが大好きだって言ってたから、なるべく多くの種類がいいな」
「…シャルトルーデさんのお気に入りですか?」
「うん。子どもの頃、花が沢山咲いてる草原に行って、妖精の国に招待されたのかって勘違いして、すごく幸せな気持ちになったらしいの。…あれ? シャルトルーデお母さんの名前を知ってるのに、なんでお気に入りは知らなかったの?」
「修道院で、唯一ティナを愛しんでいただいた方ですから、お名前だけはティナの記憶から読み取らせていただきました。ですがシャルトルーデさんとの大切な思い出はティナの物ですから、読み取ってはいませんでした」
「気配りさんだねぇ。ありがとう」
「どういたしまして。では、あの地に眠るシャルトルーデさんのために、素敵な花畑にしましょう」
「…あり、がと……」
「泣かないでくださいよ」
「だって、アルがシャルトルーデお母さんのために、素敵なお花畑作ってくれるのがうれしくて……」
「うれし泣きなら、まあいいでしょう」
「うれし泣きもダメなの。シャルトールーデお母さんは、私の笑顔が大好きだって言ってたから。だから私は、頑張って幸せでいたい」
「うれしくて泣いているのに、幸せでは無いんですか?」
「……これって一種の思い込み? 幸せなら、笑ってるのが当たり前だと思ってた」
「幼少期の記憶は、その後の人格形成に大きな影響を与えますからね。ティナの笑顔がクラウたちに気に入られているのは、うれしい気持ちを最大限に表現しているからかもしれませんね」
「……なんだか私の中にシャルトルーデお母さんが残ってるみたいで、かなりうれしいかも」
「それは当然でしょう。ティナのお母さんなのですから」
「一日の内、あまり長い時間は一緒にいさせてもらえなかったけど、ちゃんと私の中に根付いてくれてたんだ…」
「そのようですね。ですがそろそろ対応を指示してください。残った一行が、町に着いてしまいますよ」
「幸せ気分に浸ってたのに、いきなり現実に引き戻された。…まあ時間無いから仕方無いか。でも、残った一行には帝都にたどり着くまでは手出ししないよ」
「道中で消されたりしませんか?」
「それは無いよ。今回の事件の首謀者たちは、貴族女性たちに無事帝都に帰って来て欲しいんだから。まあ、シスターたち殺害の実行犯は、後で処分されるだろうけど」
「では、帝都到着後はどうします?」
「首謀者たちの悪だくみ映像が欲しいな。重点的に教会上層部と女性たちが帰る貴族家の情報収集して」
「首謀者たち? 複数ですか?」
「多分ね。教会は貴族女性たちが帰って来たことで、あの修道院が処分場じゃないって証明したい。だけど女性たちが帰る場所は、一度は女性たちを処分しようとした貴族家なんだよ。貴族家側の協力が無きゃ、帰った女性たちが修道院の事を暴露しちゃうよ。シスターたちを殺して脅したってことは、貴族家に帰ってからでも殺せるからしゃべるなってことでしょ。じゃあ貴族家側も、絶対一枚噛んでるよね」
「今回の事件の首謀者は、教会が主体で貴族家も協力してる可能性が高いんですね。一時的にでも、対象の情報収集密度を上げておきます」
「お願いね。で、確定的な映像が撮れたら、帝都で上映」
「そうすると女性たちが不要になって、処分されませんか?」
「その女性たちも、アルがスキャンした記憶情報からすれば身分を笠に着た重犯罪者じゃない。殺される場面を録画しておいて、それも流せばいいよ」
「なるほど、了解です」
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