バンハイムの苦悩 2/2

「おそらく、もう復旧しているかと」

「は?」

「私が向こうを発つ前に、すでに八割ほど復旧しておりました。帰り着くのに三日かかりましたので、もう復旧は終わっていると思われます」

「…何だその速さは? 一か月では、堤防の復旧すらままならんぞ」

「妖精王陛下が御座船と機械妖精なる工事に特化した妖精を派遣したようで、私の目の前で、見る見るうちに復旧が進んでいました。あのような復旧工事は、どれほどの人員を投入しても人には無理です」

「……詳しく教えてくれ」

「機械妖精は大中小三種類いるようで、三種類とも蜘蛛のように多くの手足を持っていました。その手足で空中に浮きながら作業していたのですが、大岩を平然と浮かせ持ったり、大量の土砂を一気に押しやったりしていました。中型と小型の妖精は土砂から石レンガを作り、住民たちの家を建てていました」

「待て! 妖精が見えたのか?」

「はい。絵にしてきましたが、このような姿をしていました」

「………この細長いものは何だ?」

「妖精王陛下の御座船らしいのです。機械妖精が疲れると、この船に帰って行って疲れを癒し、また作業に戻ってきます。この御座船、大きさが700m前後ございます」

「700mだと!? ほとんど町ひとつの大きさではないか!?」

「ずっと宙にとどまってましたので、周囲の物と比較して計算しました」

「そのような大きなものが、宙に浮いたままだと!?」

「時折宙を動くこともありましたが、音も無く、かなりの速さで動いていました。実際にこの目で見たのに、自分の目が信じられませんでしたよ」

「空を飛ぶ700mの船など、敵に回られたら攻略など出来んぞ。相手は石を落とすだけで、こちらは被害甚大だ」

「さらに妖精王国は、食料と燃料の支援も行っていました。私も被災者と間違えられて食料をふるまわれたのですが、カサカサの塊にお湯を掛けただけで、具沢山のうまいスープになっていました。しかもふわふわの、柔らかい白パンまで付いてくるのです。それが毎日三食もですよ。毎回味の違うスープを、小型の機械妖精がせっせと用意してくれるのです」

「……呆れるほどの技術力だな」

「はい。最初に御座船を見た住民たちの話では、御座船ははるか空の彼方から舞い降りて来たそうです。その前に例の空中に浮かぶ絵で事前に住民たちに説明があったようで、御座船は月から来たらしいのです」

「月だと!?」

「はい。ほとんどの住民がそう言っておりました」

「……」

「あと、行商人から仕入れた情報ですが、シュタインベルクでは妖精は違う姿をしていて、普段は姿を消しているようですが、西部同盟と同じような事が起こっていたようです。噂の妖精都市も、たった一か月ほどで出来上がったと聞きました。あと、属領化した地域の税も、三割に減らされるそうです」

「………西部同盟の被災地に同情していたが、だんだん羨ましくなってきたぞ」

「そうですよね。被災地なのに、住民の悲壮感が全くありませんでしたから」

「うちにも食料を支援してもらえんかな…」

「…」

「すまん、忘れてくれ。状況が厳しいだけに、ついこぼしてしまった」

「西部同盟にもこちらに回すほどの食料は無く、南部も回復しかかったところでスタンピードでの作物被害。北部は元々売るほどの食料は生産出来ず、東部は隣国の支配下。閣下はもっとぼやいてもいいと思いますよ」

「…西部同盟と話を進めていた南部への兵の再配置も、今回の災害で西部同盟の盟主が妖精王国に臣従してしまったことで、話はご破算だろう。兵の分散も出来ず、膨れ上がったままのバンハイム首都の人口を支えるだけの食料調達先が無いのだ…」

「…シュタインベルクに、食料支援を申し込んでみませんか?」

「すでに使者は出しているが、シュタインベルクも西部同盟に食料支援しているなら、食料生産規模から見ても余裕は無いだろう。たとえ支援の申し込みが妖精王国に伝わったとしても、妖精王国も三つの領に食料支援しているのだ。被害のあった畑の面積からしても、数万人分の食料支援になるはず。余裕など無いだろうなぁ…」

「…せめて子どもたちの食料だけでも、確保したいですね」

「兵への配給をさらに絞ってでも、そこは何とかするつもりだ」

「また兵たちに恨まれますね」

「指揮官など、兵に恨まれるのが仕事のようなものだからな」

「閣下のお人柄からすると、よく指揮官などしておられますね」

「部下を死なせたくはないから、やるしかないのだ。王国時代の愚かな王族からの命令を聞くよりは、今の方がましだ」

「……難儀な性格をしていらっしゃる」

「…自分でもそう思う」

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