『生きる』から『楽しむ』へ

シュタインベルク領都は夏を迎えた。

夏と言っても、領内で一番標高の高い位置にある領都は、避暑地の夏のように涼しくて快適だ。


移住して来た住民たちも生活に慣れ、食料事情も安定した領都で、ティナは料理やお菓子のレシピとボードゲーム・玩具類の設計図、洋服・アクセサリーのデザインをクラウに渡した。


これまで移住者は生活に必死で、趣味嗜好に気を廻す余裕が無かった。

だが、生活が安定してきた今では、余暇を楽しむ余裕も出来つつある。

また、商人たちによって食材も種類が増え、料理やお菓子のレパートリーが増やせる段階に来ていた。


やっとここまで来たと、ティナが前々から用意していたレシピ集や玩具の設計図、遊び方の説明書、洋服・アクセサリーのデザインを放出したのだ。


クラウに渡したのは、シュタインベルク領内だけのオリジナル品にするためだ。

そして領主家のみなに、広告塔になってもらう意図もある。

また、移住して来た若い女性陣の雇用創出も狙っている。


最初はほんの少しだけ目新し料理やお菓子、ちょっとしたおしゃれ、大人の余暇の暇つぶし程度から始まり、徐々に住民に浸透させていく予定だ。

ティナは、食料を得るためだけに働くのではなく、楽しく満足するために働く方向に領民の意識をシフトさせたいと考えていた。


アルノルトなどは領民が堕落するのではと懐疑的だったが、領主館の女性陣に押し切られていた。

美味しい物を食べるために、欲しい服を買うために、好きなアクセサリーを身に着けるために働く。女性陣は団結した。


その後の展開の早さに、アルノルトは目を剥いて驚いていた。

女性陣の積極性が、今までとまるで違うのだ。


仕事を素早く終わらせて時間を作り、厨房で料理やお菓子の試作、仕立て屋の説得と試作の手伝い、資金を出し合っての細工師への試作依頼。


領主館の業務は滞るどころか、失敗して時間を浪費することを恐れた女性陣による相互確認と報連相の強化で以前より早く終わってしまうため、アルノルトは文句も言えない。

しかも女性陣が活き活きと働いている。


もし領内の女性陣がこうなったらと考えたアルノルトは、ティナの資料を書き写してベルノルトに送った。

『早急に実行せねば、女性陣が敵に回る』と書き添えて。


領民の生活向上を目指して楽しそうに色々な計画を練っていたティナは、アルからの報告に驚いた。


【ティナ、領都内でおかしな現象を確認しました】

「は? おかしいって、アルにしては曖昧だね。どんな?」

【妖精教会内の魔素濃度が不自然に高くなっています。それ以外にも、領都内での魔素濃度異常がたびたび検知されています】

「なにそれ? …どんなふうに高いの?」

【まず、教会内全体の魔素濃度が、他の場所の平均値の47%増しになってます。さらに教会内のごく一部ですが、平均値の十六倍近い濃度です。領都内の平均値は正常値内ですが、やはりごく一部で魔素の塊のようなものが検出されています】

「……まさか、スタンピードの兆候なの?」

【ナンセ村の時は、地中から高濃度の魔素が噴出していました。ですが、今回は地中の魔素に異常は見られませんし、塊の魔素濃度も中位の魔法一回分程度で、スタンピード時の濃度にははるかに及びません】

「うーん…。あ、アルって魔素の視覚化してたよね。領都上空から、魔素をカメラで映して見て」

【はい、現在はこんな状態です】


ティナの視覚に、領都上空からの映像がレイヤーされた。

映像はシュリーレンカメラのように、魔素の流れが確認できる。


「おー、妖精教会に周囲の魔素が引っ張られてるみたいな感じだね。教会内部を同じように映して」


瞬時に映像が切り替わった。

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