閑話 子どもを守るのは、妖精王国の基本方針です

私はマーサ。少し前までガイゼス神聖帝国という名前だった国の地方孤児院で、子どもたちの面倒を見てます。

ガイゼス神聖帝国という名前だったころから、もう三十年ほどもここで働いてます。


昔の流行り病で夫と赤ちゃんを亡くして途方に暮れていたら、乳が出るからと連れてこられたのがこの孤児院でした。

腹が減って泣く赤ん坊を見ていられずに乳を与え、世話をしてるうちに他の子の面倒も見るようになり、気が付けば三十年も経ってました。


ここでは十歳まで育つと、領主様の家来様がやってきて子どもをどこかへ連れて行きます。

子どもが泣き叫んでも殴って言うことを聞かせ、無理やり引きずっていくことも。

私が乳を与えて育てた子も、泣き叫んでいるのに連れて行かれました。

私もその子に縋りついてしまったら、蹴り飛ばされて動けなくなってしまいました。

もう二十年も前のことです。


ここから連れていかれた子たちは誰一人帰って来てないので、今は生きているのかどうかも分かりません。

町の人がこっそり教えてくれたのは、男の子は違う領で農奴として働いてるらしいってことでした。

女の子も何人も連れて行かれたけど、こっちはどうなったのかは知らないそうです。


今年もそろそろ子どもたちが連れて行かれる季節だけど、今年は十歳になった子が四人もいる。

私は連れて行かれる子どもたちに何もしてやれないから、せめて無事に生きていて欲しいと願うことしか出来ません。


四人の子の行き先を案じていると、いつもの家来様とは違う若い男女が院長の男に連れられてやって来ました。

ああついに来たかとどんどん心が冷えて行く私をよそに、子どもたちを見た男女が顔をしかめた。


毎年のことです。少ない食事で頑張って生きて来た子どもたちがボロボロな服を着ているのを見ると、大抵は顔をしかめます。

そして汚い物に触るみたいに、子どもたちを引きずっていきます。

彼らにとって、ここの子どもたちは人間じゃないらしい。

そしてぶくぶくと太った院長が、金をもらって気持ち悪い顔をするのがいつものやり取りです。


そう思っていたのに、金をもらおうと出を出す院長を、若い男がいきなり殴ったんです。

そして一瞬明るくなったと思ったら、吹っ飛んだ院長の額に大きなXの印が付きました。

院長は額を押さえて転げまわり、痛い痛いと叫んでます。


私は何が起こったのか分かりませんでした。


そうしたら外にいた兵士たちが入って来て、院長を縛って連れて行きました。

時々こっそりパンを持って来てくれる兵士さんがいて、その兵士さんが院長を殴った若い男と話だしました。


話が私にも聞こえて来て、その内容に驚きました。

院長は領主様に子どもを売っていたから咎人として捕まえ、領主様や家来様も捕まえると言ってました。


若い女性の方が私の方にやって来て、私の手を握ってこう言いました。

『今まで子どもたちを育ててくれてありがとう。これからは悪い奴らに子どもたちを売らせたりしない。食事も服も、必要な物はちゃんと用意するから』


私が言われた内容に驚いて固まっていると、その女性は背負っていた荷物を開けて、中から紙に包まれたパンや太い筒の入れ物を出して、子どもたちに配ってくれと言ったんです。


渡されたパンをよく見ると、肉や野菜がたっぷり挟んでありました。

そして筒の中から、湯気を立てたいい匂いのするスープを木のお椀に注ぎ入れてました。


それからは訳が分からないうちに、私は孤児院の院長になって欲しと頼まれました。

その日の夕方には毛布や新品の服、食べきれないほどの食材も届き、若いメイド姿の人たちが来て食事の支度や子どもの世話、怪我をしていた子の治療までしてくれたのです。


妖精王国の属国になったこの国は変わる。

妖精は子どもが大好き。

だからこれからは孤児院にかかる費用は国が出すと言われ、信じられない思いでした。


連れて行かれた子どもたちも出来る限り探すからと説明され、一週間くらいしたら実際に何人かの子を連れ帰って来てくれました。


亡くなってしまった子や行方不明の子も多いけど、出来る限り探し続けるからと約束してくれ、私は連れていかれた子が帰って来るのを待ちながら、今は妖精様に感謝する日々を送っています。

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