領主会談?
翌日、映像が放映されたバンハイム首都は大騒ぎになった。
多くの住民が中央教会に詰めかけ、一触即発の事態だ。
そこに軍隊が派遣され、中央教会上層部の愚者たちは黒死病発生を見逃した罪で捕縛された。
「驚きました。軍の動きが異常に早かったですね」
「多分住民の暴動を恐れたんでしょうね。暴動を起こされたら、軍は暴動起こした住民を捕まえなきゃいけない。そうなると、他の住民も心情的に軍に悪感情を覚える。逆に捕まえなかったりしたら、理由があれば暴動起こしてもいいことになっちゃう。軍の対応が悪くて黒死病が広がってるなんて住民が思ったら、暴動起きるでしょ。だから迅速に動いたのよ。黒死病がこのまま収束すればいいけど、感染が拡大したら住民の怒りは行政を担ってる軍に向くわ。そのあたりで黒死病を蔓延させた犯人として、中央教会上層部の人々を公開処刑にでもして、悪いのはこいつらだから、軍も住民と一緒に頑張ってる被害者とでも言う気じゃない?」
「…住民のための迅速な対応では無いのですね」
「いや、その可能性もあるよ。さっきのは単なる私の予想だから」
「ティナは『住民のため』の方がいいのですよね?」
「当然よ」
「ではダメそうですね」
「なんでよ!?」
「ティナは言っていましたよね? ティナの他力本願な願いは、大抵逆の結果になると」
「……そうだった」
その後、残念なことにティナの予想に近い形で事態は推移した。
感染者は急速に拡大し、軍は非難回避のために中央教会上層部を石打ちの刑で処刑した。
だが、その後の展開は、良い意味でティナの予想通りだった。
ティナが上層部処刑の話を聞いた時『ここで軍を投入して、ネズミ退治と下水清掃すれば、軍は住民の支持を受けられる』と言った通りになったのだ。
軍ばかりでなく住民も協力したことで、バンハイムは死者一万余りを出しながらも、黒死病の脅威を乗り切った。
一万の死者は当然重大事だ。だが、この時代の黒死病流行時の死者数としてはかなり少ない。
結果を聞いたティナは、一万の死を悼みながらも、黒死病としての死者数の少なさに安堵した。
「ティナ、またシュタインベルクのために動いてくださったのね」
「え、違うよ。今回は中央教会の愚者をやっつけるために動いたんだよ。孤児を放り出す奴らなんて、罰が当たって当然だから」
「それでしたら、わざわざ感染を媒介する存在を教える必要は無かったですよね?」
「ネズミやノミのことを教えれば、感染して亡くなる子どもの数が減るかもしれないでしょう?」
「…ティナ。嘘は言っていないのだと思いますが、隠し事は寂しいですわ」
「…ごめん。バンハイムの首都が弱体化すると、ランダン王国が再侵攻する可能性もあったから、出来れば被害を軽度に収めて欲しくて媒介者を教えました。だけど媒介者の情報を適切に扱えなきゃ、感染はもっとひどいことになってたはず。だから、感染者が減ればいいな程度の気持ちだったの」
「バンハイム首都の弱体化がひどければ、ランダン王国が首都を征服する可能性があった。そうなると西部同盟は非友好国と国境を接することになって、その影響がシュタインベルクに及ぶ可能性もある。それに、感染者が飛び火してもっとひどいことになった可能性だってあるわ。その懸念を少しでも減らそうとしてくれたのよね?」
「そうだけど、懸念が減ったらいいな程度の淡い期待だったの。他国のことだから、積極的に介入なんてしてないよ」
「あくまで愚者の処分と、早期の注意喚起による、首都の子どもたちへの感染拡大防止が主目的だったのですね?」
「うん、そうだよ」
「その策が功を奏して、たまたまシュタインベルクの懸念事項が減っただけなのね。良かったですわ。黒死病などというとんでもない脅威に対して、ティナがシュタインベルクのために積極的に動いたのかと勘違いしてしまいました」
「友達との約束は破りたくないから、シュタインベルクに関連することで積極介入するなら、きちんとクラウに事前相談するよ」
「ありがとうティナ。ですけど、違う懸念事項が出て来たかもしれませんね」
「首都の軍の上層部?」
「そうですわ。愚者の早期捕縛、愚者の処刑、媒介者情報による適切な行動と人心掌握。頭が切れすぎて、脅威に感じてしまいます」
「うん、それは思った。だけど賢い方が、行動が読みやすくて楽かも。バンハイムの現状をしっかり認識してるだろうから、西部同盟にケンカ売るなんて絶対しないはず。使える手は、前王族や中央貴族は処分したからって友好的に西部同盟に接して来て、ランダン王国の侵攻を抑えてあげるからと物資や資金の供出を願うくらいかも」
「そうですわね。元々バンハイム分裂の原因は旧王族と中央貴族。それを処分した軍なら、西部同盟と仲直りして、新生バンハイムとしてランダン王国に対処するのが現実的ですよね」
「首都は共和制掲げてるから、西部同盟の各領主を地方代表にでもすれば、王制を排しても十分理解を得られると思うよ」
「妖精王国はどうしますの? シュタインベルクは自治領ですが、ティナの領はどのような扱いになりますの?」
「あそこは妖精王国の直轄地。私は代理領主だね」
「代理って…」
「あの呼称は言わないで。領主だけでも重いから」
「ふふふ、分かりましたわ」
「ところでさ、シュタインベルク領とうちの領、交易はどう?」
「構いませんが、流通はどうしますの?」
「妖精頼り。交易と言っても、農作物の病気や蝗害なんかの時に、食べ物を融通しあう程度のつもり」
「それはありがたいですね。非常時にアルさんに都合を付けていただくのは心苦しいので、購入先があるのはうれしいです」
「うちはまだ人数少ないから、もう少し領民増えてからだけどね」
「分かりました。それと、妖精商会はどうしますの?」
「あそこは続けるつもりだよ。妖精商会でしか売ってない商品もあるから、閉めちゃったら住民が困るでしょ」
「来訪する商人も減りますわ。妖精商会は、大人気店ですから」
「うーん、住民のために作ったお店なのに、商人に人気が出てもなぁ…。あそこでしか売ってないのって、今は肥料くらいだよね? いっそのこと、妖精マークは領主お墨付き印とかにして、認可式にしちゃう?」
「領主家のお墨付きは、子爵家時代からございますわ。我が家の紋章を簡略化した物を認可印にしています。妖精マークは半ばティナのマークのように思われていて、人々に親しまれていますのよ」
「まじかぁ…。あ、じゃあうちの領の産物生産が軌道に乗ったら、妖精商会で売るかな」
「いいですわね。こちらに無い商品がいつでも売られているなら、住民たちもよろこぶと思いますわ」
「うちの領、ここより温暖だから、何か特色のある物を考えてみるよ」
「そうですわね。…うふふ、ティナと領主同士の会話ができるなんて、なんだか楽しいですわ」
「私って領主って言えるのかな? 領民百二十人の、超新米だよ?」
「それを言ったら、わたくしがここに来た当初は、たった四人だけだったではありませんか。そのうち増えますわ」
「ああ、そうだったねぇ。今や領民二万のご領主様だ」
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