また変なのが来た

人口が増え、都市としての活気を帯びてきた領都に、招かざる客が来た。

男性二名女性一名。

謁見の間でおざなりな礼を執ったバンハイム王都中央教会の司教を名乗る男は、高圧的だった。


「領主殿、我らカリアゼス教バンハイム中央教会は、未知の風土病鎮静のため、牧師とシスターを派遣することを決定した。早急に我らが教会を建立されよ」


呆れるシュタインベルクの面々。

クラウがアルノルトを見やると、アルノルトはうなずいて話し始めた。


「カリアゼス教とは愚者の集まりですかな? 他国の領主に対しまともな挨拶もせず、いきなりの命令口調。そのような無礼者を使者に立てるなど、カリアゼス教はよほど人材が不足しておると見えますな」

「な、無礼な! 神のしもべたる我らを愚弄するなど、天罰が下るぞ!!」

「無礼とは礼無き者、まさに貴方のことですな。ああ、愚かになる天罰でも受けましたか。お可哀そうに」


プッ

思わず誰かが漏らした失笑。

壁際に控えるシュタインベルクの兵たちは、小刻みに肩を揺らしている。

ちなみにティナは学舎で授業中だ。


「何たる不信心か! そのようなことだから風土病に冒されるのだ!!」

「風土病? そのような病、この地にはございませんが…。そういえば貴方は先ほどからご様子がおかしいですな。カリアゼス教では愚かになる病でも流行っておいでですか? 不信心はいけませんぞ」

「なっ、こ、こ、この――」

「今度は鶏にでもなりましたか? 一度悪魔払いでも受けてみては?」


アルノルト、完全に撃退モードで嫌味の弾幕をばら撒いた。

兵たちは肩だけでなく身体全体がビクビクしだし、持っている槍の穂先もプルプル揺れている。


「も、もう知らん! 貴様ら全員地獄に落ちろ!! ギャー! い、痛い!」


司祭の額には、×マークが刻まれた。

額を押さえ、転げまわる司祭。

叫んでいることから、インクなどではないだろう。


「愚かな。妖精の加護あるこの地で、妖精の友たる我々への暴言。罰を与えられて当然ですな。兵よ、この咎人たちを城壁外へ捨ててきなさい」

「ま、待ってください! 俺たちはこの修道士に無理やり連れてこられただけで、罪は犯してません!!」

「「は?」」


思わず、クラウとアルノルトの声が重なった。


司祭を名乗る男に連れてこられた若い男女は、頭を床に擦り付けんばかりに平伏したまま、弁明を始めた。

とりあえずギャーギャー転げまわる男を地下牢に移し、若い二人から詳しく事情を聞いてみると――。


あの愚か者は司祭ではなく、ただの修道士。

王都のスラム街近くの古い教会で修道士として孤児院の手伝いをしていたが、素行が悪く鼻つまみ者だった。

若い二人は孤児院出身で行くところが無く、教会の下働きとして無償で働くことで、孤児院に間借りしていた。

修道士から教会の仕事で辺境に赴任するからと無理やり共を命じられ、この領までは色々な商隊に同行してきた。

商隊には教会の命として教会発行の赴任書を見せて協力させていた。

シュタインベルク領に入る時に助祭の資格証を見せて司祭と名乗ったのでおかしいと思ったが、不案内な辺境の地で教会の場所も分からず、確認出来ずにここまで来たというのだ。


ティナはクラウに呼び出され、王都に配備していたドローンで確認を取った。

数時間して確認出来た内容は、呆れたものだった。


修道士は院長不在時の孤児院院長室で教会の赴任書を偽造し、お金、高価な祭具、助祭資格証、助祭服を盗んで逃亡していたことが、王都城門の兵士詰め所に貼られた人相付き手配書から分かった。


孤児院では冬支度用に教会本部から支給されたお金を盗まれた助祭(孤児院院長)が頭を抱えており、孤児院の子どもたちは粗食と寒さに震えながらも、無理やり連れていかれた先輩二人を心配していた。


報告を聞いて怒ったティナは、クラウと相談して修道士の護送を決めた。


翌朝、王都のスラム街近くの教会前に、縄でぐるぐる巻きにされたまま眠る修道士が、数々の証拠物件と共に転がされていた。

眠る修道士の額には『子どもたちの敵』と書かれた紙が貼られ、両頬にも×マークが追加されていた。

さらに、教会の祭壇前には盗まれた以上の銅貨と銀貨が積まれ『寒さと粗食に苦しむ子どもたちのためだけにこのお金を使え』とのメモが添えられていた。


クラウは若い二人にお金を与えて王都に帰そうとしたが『私たちが帰ると、孤児院の子どもたちの着る物や食べ物が減るからここに置いて欲しい』と懇願され、妖精教会の牧師とシスターとして雇うことになった。


ついでに時を知らせる鐘(今はドローンが鳴らしている)を鳴らしてもらおうと懐中時計を渡したら、二人は時計を手に持ったままブルブルと震え出した。


この懐中時計はアル謹製。

シュタインベルク家の家臣に貸与されているのは、外装がステンレスのシンプルな物。

機械式の自動巻きで、蓋裏にはシュタインベルク家の紋章が小さく刻まれ、名前も刻印されている。


クラウ用は外装がプラチナで、蓋の表には妖精金貨のデザインに使った妖精王女。裏にはシュタインベルク家の家紋が大きく刻まれ、下部には名前も刻印されている。


ちなみに、この世界ではまだ懐中時計は発明されていなかったりする。

あるのは上位貴族家や一部の豪商や教会に設置された、大きな置時計くらいだ。

若い二人がビビるのも仕方がない。


ティナは、この程度ならそのうち発明されるだろうと、多忙なシュタインベルク家の面々のためにアルに作ってもらったのだ。

ティナはみんなにあげるつもりだったのだが、アルノルトに高価すぎると叱られて、シュタインベルク家からの貸与となった。


ちなみにこの懐中時計、中身は歯車とゼンマイの完全なメカ式だが、部品一つ一つが精巧に作られており、月差一秒以内というとんでもない精度だったりする。


二人は教会近くの第二城壁内に部屋を与えられることになり、メイドに案内されて行ったのだが、城壁内通路と並びまくった部屋を見て、しばらく放心していた。


仕事場となる妖精教会では、少女が目を輝かせていた。

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