放棄されたシュタインベルク
新都は九月に入り、人口は千五百人を超えた。
バンハイムと新都との関係悪化が公表されていないからか、人の流入が止まらないどころか、妖精が守る都市との噂が噂を呼び、流入が加速している。
何とか第一城壁内地の住宅建築は終了したし、食料も商店が外部から取り寄せているため移住者の受け入れは可能だ。
第二城壁が出来つつある今、畑を第一城壁外に拡張すれば、今後の住民増にも充分対応出来るだろう。
そしてクラウが招集した緊急首脳陣会議で、流入増の原因が判明した。
旧シュタインベルク領での冬小麦の収穫が七月から八月、春小麦の収穫が八月から九月ごろなので、収穫後に作付けせずに住民たちは新都に移住して来ていた。
実際、住居を借りる費用に小麦を物納する移住者が大半だったそうだ。
そして緊急招集の原因となったのが、また王都の使者たちだ。
前回の使者は、城塞都市に来る前に旧シュタインベルク領の子爵家で、はとこの領主解任と子爵位剥奪を王命として通告していた。
ここまでなら問題なかったが、本来クラウの了承を以って新領主を告知しなければならないのに、王命を拒否するはずがないと先走り、当人の了承も無いままクラウの新領主就任と子爵位受爵を告知していたのだ。
この通告により子爵家ははとこを追い出し、クラウの帰還を待っている状態になっていた。
ティナたちはこの情報は入手していたが、クラウが(実質はティナが)王命を拒否したために、王都から子爵家へもたらされる新たな通達内容によって、臨機応変に行動しようとしていた。
ところが次の通達を持った新たな使者は、隣領伯爵家に新たな通達を伝えた後に伯爵の歓待を受け、伯爵家に長逗留しているようなのだ。
だがこの新たな使者の行動は、ティナが城塞都市の第二城壁工事に多くのドローンを回したために、結果見落とされてしまっていた。
また、通達内容も悪かった。
『旧シュタインベルク領は、未知の風土病蔓延のため領有権を放棄して王国から切り離し、国境を封鎖して隔離する』
王家が領土割譲の責任追及を逃れるための、体のいい言い訳である。
だが、正確な情報入手手段を持たない庶民には、かなり効果がある。
未知の病など、恐れられて当たり前だからだ。
実際新しい使者もこの通達を信じ、シュタインベルク領に入るのを嫌がって伯爵領に長逗留しているのだから。
伯爵自身もこの通達を信じ、すぐに子爵領との領境を封鎖した。
そのため、子爵領から伯爵領に入ろうとした子爵領の商人たちは、この通達のせいで追い返されてしまった。
そして追い返された商人たちが子爵領の領民に広めたこの通達内容によって、不安を感じた領民が城塞都市に逃げ込んだのが移住者増の要因だ。
クラウが妖精の力によって星の影響病から助けられたといううわさも、城塞都市に移住者が増えた一因だろう。
追い返されて来た旧知の商人たちから伯爵家の対応を聞いたクラウは、慌てて首脳陣会議を招集したのだ。
「ごめん。多くの妖精を王都の情報収集ととここの新規工事に廻しちゃったから、隣領の情報収集に穴が出来てた」
「王城の権力者全員を四六時中見張るなど無理ですし、巨大な第二城壁づくりは逃げ込んで来るかもしれないシュタインベルク領の領民のためなのです。実際、移住してくる者たちは増えているのですから。妖精様には既に充分以上に協力して頂いていますから、謝罪などされてしまってはこちらが申し訳なくなってしまいますわ。それより、今後の対応を考えませんと」
「さようにございますな。妖精様のお力添えがなければ、ここは今も瓦礫だらけの廃村のままで、シュタインベルクの民たちを受け入れるなど不可能だったでしょう。ティナ様、今後も謝罪はお控えください。では対応の件ですが、第一の問題は放棄されたシュタインベルク領を誰が統べるかでしょう」
「そうですわね。領主不在の土地など、統治機能が働かずに無法地帯になってしまいますわ。ここはやはり、妖精王陛下かわたくしが領有すべきでしょう」
「シュタインベルク家の正当な後継者はクラウなんだから、クラウが領主になるのが当たり前でしょ。幸い子爵家…クラウが授爵しなかったから、もう旧子爵家か。旧子爵家の統治機能はかなり残ってるみたいだし、正統後継者のクラウなら、領主として受け入れられると思うよ」
「さようでございますな。旧子爵家の家臣はクラリッサ様を敬愛しておりますし、私にとっては元同僚や元部下です。ここは私が旧子爵家に出向いて掌握してまいりましょう」
「わたくしが行くべきでしょう?」
「クラリッサ様はこの街のご領主。居て頂かねば困ります」
「ですが、実務はアルノルトが差配しています。アルノルトこそ居なければ、住民が困ります」
「しかしですな、この場合は私が適任でございます」
「領主となるわたくしが行かねば、筋が通りませんわ」
「むぅ、しかしですな…」
「あのー、妖精に頼んで、姿と声を旧子爵家に届けてもらったら?」
「「……は?」」
「だからね、ここにいるままで、旧子爵家にいるみたいに、向こうの人と話ができるの」
「「……???」」
「えっと、説明するより見た方が早いよ。やっていい?」
「「お、お願いします」」
「わかった。誰と話したいの?」
「私の息子のベルノルトが、家臣を仕切っているはずです」
「ああ、あの人息子さんなんだ。どうりで名前や顔が似てるわけだ。はい、どうぞ」
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