×マーク
クラウの宣言以降、領都では少しずつ他都市と違う光景が見られるようになってきた。
アルがドローンを操って工事をしていると、住民が手伝いだすのだ。
手伝うと言っても工事そのものを手伝うのではなく、後片付けや掃除などの雑務が主だ。
しかも空中に声を掛け、『後は掃除しておくよ』とか、『瓦礫は片づけておくから』とか言っている。
また、道のごみを自主的に片づけ、食べ物により一層感謝するようになった。
そして子どもたちの行動にも変化があった。
地面に描く絵は妖精と子どもたちが遊ぶ絵になり、樹木や草花を大切にするようになっていた。
そんな様子を見た行商人たちがうわさを広げたことで移住者が増え、八月には新都の人口が千人近くに膨れ上がっていた。
ここまで人が多くなると、やはりよからぬ輩も出てくる。
領兵も組織されて街中の巡回を行っているが、見落としはある。
だが、盗みを働こうとした者は額に×マークの火傷を付けられ、襟首を吊り上げられて兵の詰め所前に放り出される。
ケンカで人を殴った者にも、額に赤い油性インクの×マークが付く。
罪に応じて×マークの深さや色は様々だ。
数日で消えるものもあれば、一か月も消えないものもある。
子どもが悪さをした場合は、青の水性インクだ。
このためにアルは小型ドローンを量産し、川には粉引き用の水車小屋に偽装した水力発電を四機も用意した。
そんな和気藹々とした風景が新都に広がっていたころ、×マークを刻まれた使者がバンハイムの王都に帰り着いた。
本来なら×マークは薄れているはずだったが、王都近くの宿で通行の邪魔になった子どもを蹴り倒した時に、また×マークが刻まれていた。
使者は王城に入って身支度を整え、バンハイム国王と謁見した。
再度×マークを刻まれた使者は妖精に監視されていることを悟り、嘘は言わずに自分の責任を回避しようと、報告がしどろもどろだ。
そんな時、突然シャンデリアのろうそくが消え、謁見の間は薄暗くなった。
そして空中に映し出される、クラウとの謁見の映像。
当然音声付きだ。
溶けだす窓と巨大な光の矢も映っている。
それを見た国王は最初は唖然としていたものの、映像の内容を見るにつれて怒り狂った。
金を引き出す任務を失敗したばかりか、妖精王を怒らせた上に勝手に宣戦布告と取られる発言をしたのだ。
そのせいで、知らぬ間に巨大な光の矢を城に打ち込まれる寸前だったと理解した。
近くにあるだけでガラスや石壁が溶けだす光の矢。本体が撃ち込まれたら、一体どれほどの被害が出たことかと国王は戦慄した。
国王は宣戦布告ととられかねない愚行を犯した使者たち三名を打ち首にしようとしたが、宰相がもっと情報を聞き出すべきと進言して、使者たちは何とか生きながらえた。幽閉されての拷問コースは確定だろうが。
その場で妖精王国への対応協議となったが、×マークを刻まれなかった使者の従者が使者を非難した。
途中の町で×マークは消えかけていたが、宿の廊下で邪魔になった子どもを蹴ったことで、再度刻まれたと話したのだ。
少しでも情報を出して、自分が助かろうとの一心だった。
だが、その情報を聞いた国王と宰相は凍り付いた。
いつでも監視していて建物内でも額に傷を刻める。
そういえば、先ほどもろうそくを消して動く絵を見せたではないか。
つまり、今ここにも見えない監視者がいるのだ。
相手を悪く言えば、自分も額に傷が刻まれる可能性がある。
そしてさらに恐ろしい事に気付いてしまった。
いつ何時でも、首の血管を切れるのではないかと。
王と宰相は急に話の方向性を変え、城塞都市シュタインベルクは他国の街であるから、これ以上何もしないと結論を出した。
そしてバンハイム王国所属のシュタインベルク領は、妖精王への謝罪として、妖精王国に割譲する決定を下した。
視線は空中をさまよい、脂汗を掻きながら。
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