閑話 ランダン王国の焦り
バンハイム東のランダン王国では、ティナを自国に招待しようとした使者が、王城の謁見の間で報告を行っていた。
ランダン王国の重鎮が揃ったその場は、使者の語る内容に驚きを隠せなかった。
「陛下、ホーエンツォレルン公爵閣下を我が国にご招待することが叶わず、申し訳ございませんでした」
「ほう、余の招待を断ったと申すか。理由は何じゃ?」
「それが…新たな属国の体制整備に忙しく、招待は遠慮したいとのことでした」
「新たな属国じゃと!? まさか、西の小国も押さえられたか!?」
「いいえ。動く絵で見せていただきましたが、山脈の南側にある大国だそうです。地図でも示していただきましたが、バンハイムと我が国を合わせたより広いようでした」
「バンハイムを属国化して間がないうちに、それより広い国を制したというのか…」
「見せられた動く絵を信じればですが…。ですがその国の各領で、機械妖精なる者が大規模な工事を行っている様子は、まるでこの目で直に見ているように現実的でした。ただ、行っている工事の内容は、目を疑うものでしたが」
「機械妖精は何をしておったのだ? 申せ」
「崩れそうな崖を一瞬の閃光で斜めに切り取ったり、川に埋まった大岩を単騎で持ち上げたり、とんでもない速さで道を石畳にしておりました」
「……」
王や国の重鎮は絶句し、沈黙が謁見の間を支配した。
その中でいち早く正気に戻った王太子は、質問を引き継いだ。
「その絵に、魔獣被害に遭った建物などは見て取れたか?」
「あ、ございました。ただし建物ではなく、まるで大嵐の去った後のような森と、山のような魔獣の死骸を住民総出で解体している様子でした」
「ありえん! それではスタンピードを魔の森の中だけで制圧したことになるではないか!?」
「陛下、お忘れですか? 鉱山町の南には、ホーエンツォレルン公爵がたった二十体ほどの機械妖精と共に、折り重なる魔物の死骸で山を築いたのですよ。実際に熊や虎の魔獣は、王城に運び込まれたではないですか」
「…妖精王国は、それほどの力を持っておると申すのか?」
「鉱山町の代官はじめ多くの兵が討伐の様子を見ているだけではなく、魔獣の死骸処理に手が足りず、国軍まで派遣しているのが現状です」
「……」
「あの、まだ報告がございます」
「続けてくれ」
「旧バンハイム王国の王都、現在は東都と呼ぶそうですが、町の様子が様変わりしておりました。以前訪れた時には貧民街であった場所に新しい建物が立ち並び、道は全てきれいに石畳で舗装され、異臭が全くしない町になっておりました」
「…私が訪れた折には工事している場所も多かったが、もうそこまで整備されたのか。全く異臭のせぬ町とは、羨ましいな」
「城で聞きましたら、なんでも地下に下水道という物が整備されたらしく、汚物や汚れた水は全てそちらに流れて、同じく地下の浄化施設できれいにされているそうです。さらに驚くのは、自治都市シュタインベルクでは上水道なる物も整備され、井戸から汲む必要もなく、各家がいつでもきれいな水を使えるばかりか、庶民の家にまで風呂があるそうです」
「…砂糖と綿の取引に向かわせた者の報告にあったな。内々ではあるが陛下の使者として赴いたために特別な部屋で歓待されたと見ていたが、まさか庶民の家にまでとはな…。報告はそれで終わりか?」
「いえ、あとひとつございます。未確認の情報なのですが、ホーエンツォレルン公爵は、空を飛ぶ船だけでなく、自身でも空を飛べるそうなのです」
「ああ、それは私や鉱山町の代官も見ている。事実だぞ」
「では、単独で死与虎を屠れるというのも…」
「事実だろう。それどころか、たったおひとりで、しかも無傷でスタンピードの大半を殲滅なされている」
「…王太子よ。一国の王太子が、たとえ相手が我が国の恩人であったとしても、尊敬語を使うのは止めよ」
「そうはおっしゃいますが、ホーエンツォレルン公爵は、実質二つの大国を治めておられるも同義。二国の女王陛下として遇されるべきお方かと」
「……余の考えは古い常識に囚われておるのかもしれんな。実際にホーエンツォレルン公とお会いしたことのある其方の意見はどうなのだ? 忌憚なく述べよ」
「…ホーエンツォレルン公爵がバンハイムを統べてから一年と経たぬうちに、我が国との文化的、技術的、戦力的格差は広がるばかり。誠に申し上げにくいことながら、ただ友好的に接するだけでは置いていかれます」
「………よかろう。ホーエンツォレルン公爵との折衝は王太子に任せる。余の名代としての権限を与えるゆえ、我が国が置き去りにならぬように動け」
「王命、しかと受け賜りました」
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