ハルトムート 2/3
「お任せくださいまし。当家の大切なお客人ですから、元気になっていただくまでしっかりとお世話させていただきますわ」
「かたじけない。シュタインベルクは砂糖や綿花の産地と聞き及んでいたため、気候を誤認して冬場に使者を送ってしまった。我が国でも山脈近くはかなりの積雪と寒さになるが、この季節、そちらも大変そうだな」
「たしかに外は大変ですが、領都はティナや妖精のおかげで過ごしやすいですわ。ティナ、お見せ出来るかしら?」
「任せて。ハルトムート殿下、これが現在の領都シュタインベルクの様子です」
「おお! 美しい風景だが、かなりの積雪だな。使者には苦労させてしまったな。は? …これは、城壁の中が町になっているのか?」
「左様です。ティナと妖精が作ってくださったのですが、おかげで冬でも楽に買い物が出来、暖房用の薪代も少なくて済みますの」
「…見ると聞くとでは大違いだな。商人の話から狭い城壁内での生活を想像していたが、これではまるで、町の商店街を城壁で覆ったようではないか」
「おかげで冬場だけでなく、雨や嵐の時にも重宝していますわ。領主館が町の中心にあるため、わたくしが城壁内に住めないのは少々残念なのですが」
「いや、城壁内に住む領主はおらんだろう。まあ、住みたくなる気持ちはわかるが…。しかしすばらしい領都だな。自然との景観を崩さず、住む者にとっては機能的でありながら防衛面にも優れている。居住人数は少なそうだが、まるで街づくりのお手本のようだ」
「まあ、ティナの設計ですからね。ちなみに商店街の上階が住居になっていまして、最大居住人数は二万人ですの」
「は? 城壁内の安全な場所に二万人が住めるなら、地方都市としては充分ではないか。…いや待ってくれ。上階が住居ということは、一歩も外に出ずに買い物が出来るということではないか!」
「左様です。領主館に住むわたくしたちが、一旦外に出てお買い物に行かなければならないのは不公平ですわ」
「…だが、住民も手続きなどで領主館に行く場合は、外に出なければならんだろう?」
「いえ、城壁内には手続き窓口もございますの」
「……領主より住民が優先されておらんか?」
「領主としては住民の利便性を考慮した町と言われると、文句が言えないのが辛い所ですわ」
「……領主とは領民のためにある者、王とは王国民のためにあるもの。我が国のご開祖様のお言葉だが、家訓としていたはずの我ら王族は反省せねばならんな」
「ティナ、わたくしの町は、他国の王家の方に反省を促すような作りでしたの?」
「いや、利便性や暖房費の節約、魔獣への備えなんか考えてたらそうなっただけだし。他国王家の家訓とか知らなかったよ。決して反省を促すような意味では…あ」
「『あ』ってなんですの? まさかまた何かやらかしてますの!?」
「……バンハイムの新首都、同じ構想で造った」
「またやらかしてますのね…。え? 『造った』? 新首都を造るとお聞きしたの、まだ数か月前ですわ!?」
「出来ちゃってるんだよねぇ。今は冬だから、お庭の草花が育ってなくて、きれいに育ってからお披露目しようと思って」
「見るのが怖くなってきましたわ。うちの第三城壁、お断りしたのは英断でしたわね」
「あはははは。春になったら、お披露目前に内覧に行こうよ」
「首都を内覧って何ですの? 引っ越し先の家を見に行くのとは違いますわよ。うちの領都と同じ構想ということは、城壁内が住居のタイプですわよね? 一国の首都なのですから、規模もかなり大きいですわよね?」
「一応居住人数十万人。こんなの」
「………なんですのこの長大な城壁は。しかも囲われた内側が畑や牧場ではなく、森や草原、湖までありますわ。大きさはどれくらいですの?」
「十万人城壁に住まわせようとしたら、城壁の一辺が8kmになっちゃった」
「完全にやらかしていますわよ。一辺8kmもの城壁の内側には一切家が無い自然な風景ですのに、十万人もが住める首都。どうせティナの事ですから、水道やお風呂も各戸にありますわよね?」
「そだね。みんなで入れる大きな温泉や、遊び場もあるよ」
「…はぁ」
「……システィーナ嬢、ちょっといいだろうか?」
「はい。何でしょう?」
「この新首都とやらは、城壁内だけで十万人が暮らせる町なのだろうか?」
「そうです」
「水道とは何だろうか?」
「各戸にきれいな水が引かれてて、いつでも使えるのが上水道。お風呂や洗い物した後の汚れた水が、勝手に浄水施設まで流れて行くのが下水道。こんな使い方ですね」
「…酒場のワイン樽の注ぎ口のようだな。しかも樽を替えずとも、いつでもきれいな水が使えるわけか。そして排水すら捨てに行く必要が無いとは…。それで、温泉とは?」
「地下から汲み上げた水には色々な成分が混ざってて、適温にして浸かると身体にいい効果があるので、いつでも入れるようにしてあります」
「…各家庭に風呂があるのだよな?」
「お風呂とは一味違った効能があるので」
「…遊び場とは、子どもが遊ぶ広場だろうか?」
「それは城壁内側の、庭の部分に作ってあります。こんな感じですね」
「……草原のような広場もあるが、何か設置してあるな」
「遊具です。登ったり渡ったり、滑ったり掴って進んだりと、色々な遊び方が出来ます。城壁内部の遊び場は大人用で、色々な機材を使ったゲームが楽しめます。こんな感じで、技や技術を使って得点を競う遊びですね」
「……楽しめそうだな。だが、城壁が一辺8kmもあると、悪天候の時に中心の城に行くのが不便では?」
「地下にも道があるので、悪天候の時はそちらを使います。地下通路には書庫や備品保管庫、備蓄倉庫なども隣接されています」
「……とんでもない首都だな。この首都を建造するのに、いったいどれだけ増税が必要になったのかは教えていただけるか?」
「妖精が遊んで作ったので無料です」
「む、無料っ!?」
「ハルトムート殿下、衝撃はお察ししますが、先にその衝撃を経験した者としてお話しますわ。困ったことに、妖精は遊びで都市を建てても、対価など要らないのです。なにせ気に入った物を作って遊んでいるだけなので、対価を受ける概念がございません。しいて言えば、作られた物を有効に活用し、住民たちが幸せに過ごすことが対価となるようです」
「……衝撃が大きすぎるな」
「ですがご注意を。人々の幸せを喜ぶ半面、他者に理不尽を振り撒く者に妖精は容赦がありませんから、そのような者はとんでもない目に遭ってしまいますわ」
「これほどの都市を、わずか数か月で作り上げるほどの力に敵対されたら……。ご忠告、痛み入る」
「いいえ。少し先に体験して、慣れただけですわ」
「……慣れるほどあったと?」
「まあ、それなりには…」
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