黒死病のネームバリュー
王城から派遣した使者が戻り、イングラム王国の王城では黒死病の緊急対策会議が行われていた。
既に黒死病は港町全体に感染が広がっており、港の機能はマヒ状態。死者数も日々増え続けているため、このままでは港町が滅ぶ懸念さえ出ていた。
こういった緊急時には、貴族王族一丸となって私財を供出して事に当たるのがイングラム王国の伝統なのだが、なんと王弟派貴族たちは私財の供出を拒否した。
国家の一大事に対して協力しようとしない王弟派に中立派たちもさすがに呆れ、国王派の意見に次々と賛同を表明。会議の趨勢は国王派に大きく傾いた。
ここで国王は、国交の無い妖精王国からの条件付き支援の申し出があったことを明かした。
妖精王国は東にある大陸の六割を統べる超大国。
その国が属国の国民を不当に誘拐された。
誘拐された属国国民の行方を追っていた妖精王国は、イングラム王国に秘密裏に運ばれたことを突き止めた。
その追跡過程で船を出航させたバプールを調べたところ、港では黒死病が蔓延していたが、バプール政府は気付いてさえいなかった。
属国への黒死病感染拡大を懸念した妖精王国は、緊急事態としてバプールを制圧し、医療チームによる治療を開始。
誘拐された女性を更に追跡すると、イングラム王国の港町に秘密裏に奴隷として入国しており、そこでも黒死病が発生していることを確認して、イングラム王国の王城に連絡して来てくれたと言うのだ。
しかもその妖精王国は黒死病の特効薬を所有しており、属国国民の早期返還と誘拐犯を厳罰に処するなら、特効薬を無償譲渡するとまで申し出ている。
騒然となる議場。
不当に他国の民を誘拐して自国に連れて来ただけでも国際問題なのに、その過程で自国に黒死病まで引き入れている。
その愚かな犯罪者を処罰することで黒死病の特効薬が手に入るのならば、処罰をためらう必要は無い。
全力で犯人を突き止めろと騒ぐ国王派と中立派の貴族たちに対して、王弟派の顔色は悪い。
王弟派貴族のほとんどが違法奴隷の売買に関わっており、扱ったどの奴隷が妖精王国が探す人物なのか分からない。
下手をすると、奴隷と一緒に黒死病を自領に持ち込んでいるかもしれないのだ。
王弟派貴族たちは勘違いしていた。
黒死病の潜伏期間が七日以内であることを知らず、過去に取り扱ったかなりの奴隷に黒死病の疑いがあると思ってしまったのだ。
黒死病の特効薬は欲しい。
しかし入手条件は、誘拐犯への厳罰と該当女性の解放。
発病していない自分たちが特効薬を欲しがれば、理由を詮索されかねない。
それは、違法な奴隷売買が明るみに出る可能性があると言うことだ。
うろたえた王弟派貴族が国王を見れば、国王と宰相が議場の騒ぎを鎮めることもせず、じっと自分たちを見ている。
王弟派貴族たちは気付いた。
国王や宰相は、自分たちが違法奴隷に関わっていることを知っているのだと。
やがて宰相が議場を鎮めると、国王が話し始めた。
妖精王国は特殊な技術を持っており、現在もその技術を使って追跡調査を進めている。
違法奴隷売買に関わった者たちは次々と判明しており、大元に辿り着くのも時間の問題だと。
ここで王弟派貴族たちは、先ほどの国王と宰相の視線のさらなる意味に気付いた。
大元までもう少しで判明する。お前たちの後ろ盾は無くなるが、共に沈む気なのか?
王弟派貴族たちは考えた。
この時代においても、自首は罪が軽くなる。
どうせバレているなら、捕縛される前に自首すれば、罪が軽くなる上に特効薬も早く手に入るかもしれない。
取り調べ中に死なれては困るからと、体調が悪くなれば特効薬を与えられる可能性も高い。
ひとりの王弟派貴族が罪を告白し始めると、その意図に気付いた他の者も後に続く。
王弟は怒鳴り散らして話を止めようとするも、国王が近衛兵に隔離を命じて強制的に連れ出されてしまい、王弟派貴族たちの懺悔のような独白は止まらなかった。
残った王弟派貴族たちは、主犯は王弟なのだからと出来る限り王弟の悪事をさらけ出し、自分の罪を軽くしようと暴露合戦のような様相だ。
さらに黒死病の対策費に私財を投じることで、特効薬の入手確率を上げようとまでしていた。
今度は先ほどの状況とは逆に、騒ぐ王弟派貴族の自白を、国王派と中立派が黙って聞き役に回っている。
黒死病の恐怖は、強欲な者が地位や財産を捨ててでも命が助かりたいと願うほどのものなのだ。
結果、王弟と王弟派貴族は全員が捕らえられ、妖精王国からの特効薬譲渡が実現することになった。
「アル、黒死病って、私が思ってるよりはるかに恐れられてたんだね」
「私も意外でした。結局二国の悪人どもが黒死病を恐れて逃亡するか自首しました。ある意味、とんでもない効果ですね」
「どうせなら、悪人だけに感染すればいいのにね」
「病原体相手に無茶言いますね」
「平和になりそうなんだけど、やっぱダメかぁ…」
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