情報収集能力

侯爵領の領都に到着した輸送隊は、クラウの信書を携えて侯爵に謁見した。

信書を読んだ侯爵は、当初シュタインベルクの申し出を信じられなかった。


信書には、難民以外に食中毒や飢えに苦しむ捕虜のためにもと書かれていた。

侯爵が敵の食中毒患者を把握出来たのは、つい二日前のこと。

こちらでの戦の状況を観察し、シュタインベルクに知らせて食料が届いたにしては、ありえないスピードだからだ。


侯爵邸の状況をドローンで観察していたアルはクラウに状況を知らせ、クラウは映像での謁見をアルに要請した。

侯爵家の謁見の間に突然現れたクラウの映像に、侯爵家の面々は半ばパニックに陥った。

唖然として固まる者、驚いて武器を構える者、意味無く右往左往する者。


落ち着くまで話し合いは無理と判断したクラウは、平伏している輸送隊の隊長の労をねぎらった。

映像のクラウと普通に会話する隊長を見て、徐々に周囲は落ち着いていった。


そろそろ頃合いと見たクラウはカーテシーして、突然謁見の間に現れた不敬を詫び、貴族の型通りに自己紹介をした。

貴族式の挨拶をされたのに返礼せぬのは無礼。

侯爵が返礼したことで、やっと話し合える雰囲気になった。


クラウは、敗走した兵の潜伏先、指揮官の動向、王都や東部地域の様子を映像で見せ、食料援助の条件を話し合った。

侯爵はシュタインベルクの常軌を逸した諜報力と技術力に圧倒され、密かにシュタインベルクを恐れた。

これほどの諜報力があれば、敵の動きを事前に察知して、罠に嵌めることすら容易だ。


しかもシュタインベルクの兵は、荷を満載した荷車での移動にもかかわらず、わずか三日半でここに来るだけの力がある。

そしてとんでもない量の、しかも今までにない技術で作られた長期保存可能な食料。

どれを取っても、敵対するなど愚の骨頂だ。


さらに今回の提案も、無理強いどころか侯爵領にとって大変助かる内容。

侯爵は、シュタインベルクの食糧援助をありがたく受け入れた。


ティナとアルは乾燥食料を定期的に出荷する傍ら、アルが掘りだしてストックしていた石炭からコークス作りを始めた。

寝返った上納金強制徴収軍の兵士や流入する難民たちで、西部地域の人口が膨れ上がるのは目に見えている。

煮炊きの薪消費だけでも多くなるのに、あと一か月で冬が来る。

暖房用の薪が足りなくなるのは当然だ。


薪は乾燥させるために最低でも半年以上かかる。

今から木を伐採しても、全く間に合わない。

そこで乾燥食料同様、妖精王国からの援助品として、シュタインベルク経由でコークスも送る計画だ。


乾燥食料同様、妖精王国からの援助品としてシュタインベルクが西部地域にコークスを送れば、西部地域はシュタインベルクに敵対など出来なくなる。

シュタインベルクは妖精王国からの援助を受ける窓口でしかないのだから、無理に攻め込んでも物資は手に入らない。

しかもシュタインベルクを制圧などすれば、圧倒的技術を持つ妖精王国と敵対することに他ならないからだ。


保存性が良くおいしく手軽な乾燥食料も、煙の出ない高効率燃料のコークスも、両方消え物。

援助期間が終わったあとも欲しければ、シュタインベルクを通じて輸入するしかない。

必然的にシュタインベルクの価値は高まってしまう。

しかも他国であるシュタインベルクは、西部地域に大規模な支援をすることで、西部地域に対してかなりの発言力を持つことにもなる。

今回ティナがアルにしか作れない物を援助物資に選んだのは、そんな思惑があったからだ。


そしてさらに、時機を見て備蓄品枯渇を理由に援助を打ち切り、以降は生産分のみを販売とすることで流通量を極端に絞り、アルの技術への依存度を下げる。

乾燥食料は消費されて消え、コークスも消費されるしいずれ誰かが開発するだろう。

そうすれば、アルの技術によるこの世界への影響は、最小限に抑えられるはずだ。


この説明を聞いたクラウとアルノルトは、改めてアルへの依存を減らそうと考えた。

もしアルの技術に依存した世界が出来上がってしまったら、アルが消えた時に世界へのダメージは計り知れないものになる。

アルの力は、非常事態に陥った時に奇跡的に助けてもらえるかもしれない希少確率の、まさにおとぎ話の妖精の助力であるべきと考えたのだ。


そしてクラウとアルノルトは、自分たちは何度もその奇跡的な助力を受けているのだと思い至り、改めてティナやアルとの出会いに感謝した。

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